私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

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8 街歩き

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 朝の光がカーテンの隙間から差し込む。机の上には、メモと小瓶。それから買い出しのリスト。そのメモを見ながら、外出の準備をしていた。

 今日のお天気は快晴。ポーションの材料を買いに行くには最適だ。

「えっと……月雫葉に、ヒースの花、弓形草と、……あ、あとは瓶の予備もいるな。さて、行きますか」

 ちょうど玄関に手を伸ばした瞬間、扉の小窓に影が差した。ノックの音とほぼ同時に、扉が軽く叩かれる。

「ユイ」

 その声に、心臓が一瞬止まった気がした。ドアを開けると、そこには見慣れた蒼髪と鋭い目。カイルさんが立っていた。けれど今日は、いつもの魔道士団の制服ではない。落ち着いた色のシャツに、黒のジャケット。ラフなのに、やけに整って見える。どう見ても、仕事じゃない。

「今日は……私服、なんですね」
「ああ。休みだ」
「そ、そうなんだ……」

 言葉が途切れる。沈黙。
 数日前の“あの会話”が頭を過った。

 ──俺に魅了の魔法を使うな。

 あの真剣な眼差し。息が詰まるような距離。思い出した瞬間、顔が熱くなる。

「どこへ行く?」
 淡々とした声。なんだか胸の鼓動が落ち着かない。
「え、えっと……ポーションの材料を買いに」
「なら、俺も行く」
「えっ?」
「重いだろう。護衛代わりだ」

 いつもの無表情のまま言い切る。

(この前“魅了を解け”って言ってた人が、今度は一緒に買い物……? どういうテンションなの?)

「……ま、まあ、いいですけど」

 余りにもいつも通りすぎて、こっちの調子が狂うじゃないか。

 王都の商業区は、朝から賑わっていた。香草の香りに、遠くからわずかに聞こえる楽器の音。いつもより少しだけ眩しく見えるのは、隣を歩く男のせいなんだろうか。

「あ、ここの店良い薬草を扱ってるんです」

 行きつけの店を説明すると、カイルさんは頷くだけ。その無表情の横顔を見ると、やっぱりいつも通りだ。と思えた。
 店に入ると、カウンターの奥から若い男性店員が声をかけてきた。

「おや、ユイさん。いつもありがとうございます! 先週の薬草のは品質どうでしたか?」
「とても鮮度が良くて驚きました。今日はヒースの花と弓形草がほしいのですがありますか?あ、あとポーション用の小瓶も買いたいです」
「ありますよ、少し待っててくださいね。瓶の在庫を取ってきますから!」

 男性店員はそう言いながら。店の裏に下がっていった。その様子を、店の入口に立ったまま見つめるカイルさん。表情は相変わらずだが、少しだけ冷たい。

「……楽しそうだな」
「え? そうですね、買い物は楽しいですよ」
「そうか」

 短い返事。なのに、どう聞いても温度が低い。

(あれ、なんか怒ってる? いや、気のせい? 顔変わらないし)

 会計を終えて袋を受け取る。それを見たカイルさんが、無言で手を伸ばしてきた。

「持つ」
「い、いいです、自分で持ちま──」
「落とす」

 言い切る前に、袋を引き取られた。その瞬間少しだけ指先がふれた。ピクリ、と彼の眉がわずかに動く。
 ──沈黙。通りの喧騒が遠くへ消え、わずかな鼓動音だけが残った気がした。
 カイルさんは、ゆっくり息を吐く。

「……まだ、魅了の魔法を解くことはできないのか」
「えぇ!? まだそれ言うんすか? ……王城の人には、解けなかったんですか?」
「報告はした。だが原因不明だ」
「いや、それ絶対私のせいじゃないですって……」
「おまえが他の男と話すと、胸がざわつく。魔力の流れが乱れる。これが魅了でないなら、何だ?」

 顔はクール。声も淡々。なのに、言っている内容が甘すぎて心臓に悪い。

(この人、冷静な顔してなんでそんな爆弾みたいなことさらっと言えるの!?)

「……もう、知らないっ!」
 ぷいと顔をそむけた。彼にかまわず歩いていたら、後ろから声がかかる。
「昼は食べたのか」
「え? ……まだですけど」
「なら、行く店がある」

 彼に案内されたのは、路地の先にある可愛いレストラン。淡いクリーム色の壁、花の飾られたテラス席。
 カイルさんが入るには、少し場違いなくらい柔らかな雰囲気だった。

「……カイルさんってこういう店も行くんですね」
「ユイはこういうのが好きなんだろ」

 不意の言葉に心臓が跳ねた。私のために? もしかして、この前のカフェの雰囲気を覚えてた? 
 思わず彼の顔を見つめてしまう。けれど、カイルさんは平然と椅子を引くだけ。

(落ち着け私!)

 料理が運ばれてくると、空気は少し和らいだ。ローストチキンのサンドイッチに根菜のスープ。サンドイッチは香草の香りがアクセントになっていてとても美味しい。一口食べると思わず笑みがでた。ふと顔を上げると、カイルさんがじっと見ているのに気づく。 

「もしかして、食べたいんですか?」

 冗談めかして言ったつもりが、カイルさんの目が一瞬泳いだ。

「そうやって魅了をかけようとするのをやめろ」
「へっ?」
「魅了の解き方を覚えろ」
「だから、知りませんし、そんな魔法使えませんってば」

 カイルさんにしては珍しく、頬がうっすら赤くなっていた。
 ランチを終えると、彼はスッと立ち上がり、会計へ向かった。

「ここは俺が払う。外で待ってろ」
「え、でも」
「外で」 

 短い一言で片づけられ、大人しく外へ出た。風が少し冷たい。

「あっ、ユイさんだ!」

 明るい声に振り返ると、魔道士団の青いローブを着た若い団員たちが手を振っていた。以前、王城で顔を合わせたことのある子たちだ。

「ユイさん今日はお買い物ですか?」
「はい、ポーションの材料を買いに来ました。皆さんはどちらへ?」
「今度の魔道士大会の警備確認ですよ。毎年多くの人が王城に来るので、王都も賑わいますからね」
「魔導士大会?」
「知りませんか? 王城で行われる毎年恒例の新人団員の実技大会です。新人たちが魔法で技を競い合うんです!」
「一般の人も見学できますよ。お祭りみたいな感じで、街の屋台も出ますし!」
「僕も参加しますよ! 最後に残った一人は、魔道士団長との対決が恒例なんです」

 団員たちは楽しそうに話してくれた。なんと、カイルさんも出るのか。それは面白そうだ。思わず目を輝かせたその瞬間──背後から、低い声がした。

「……なんの話だ」

 振り向くと、カイルさんが会計を終えて立っていた。表情はいつも通り冷静。けれど、ほんのわずか、眉が上がっている。

「だ、団長! お疲れ様です! え、えっと、ユイさんに魔道士大会の話してたんです!」

 団員の一人がカイルさんに説明する。その横で団員たちはチラチラと私たちを見てる。休みの日に私たちが二人で買い物に行くって違和感でしかないんだろうな。顔に出てるよ君たち。
 カイルさんは彼らを一瞥したあと、ちらりと私を見た。

「行くのか」
「えっ、えっと……行きたいです。 だって、お祭りみたいなんすよね?」
「……好きにしろ。ただし、王城には多くの人が来る。人混みでは気をつけろ」

 淡々とした口調。でもその中に心配が含まれてる。

(なんか、そういう言い方ずるい……)
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