私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

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42 夜会

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 馬車が王城の門をくぐると、夜会へ向かう貴族たちの馬車が既に列をなしていた。

 王城の建物は夜の闇にそびえ立ち、窓という窓からまばゆい光が漏れる。

 馬車が大階段の正面に横付けされると、カイルさんが先に降り、優雅な動作で私に手を差し伸べる。手袋をした手を彼に重ね、馬車のステップを降りた。足元の石畳に降り立つと、胸の鼓動は高鳴った。

 ホールの中は、別世界と思えるような華やかさだった。天井は高く無数の魔石やランプで飾られ、巨大なシャンデリアが、会場全体をまばゆい光で満たしている。壁は精巧な彫刻が施され、床には磨き上げられた大理石が敷き詰められていた。

 集まった人々は、色とりどりのドレスや格式高い礼装に身を包み、煌びやかな装飾品を輝かせながら、華やかな熱気に包まれていた。
 まるで絵画の中に迷い込んだような気分で、思わず圧倒される。

 カイルさんは、私の緊張を察したように、そっと手に力を込めた。

「さあ、行こう」

 彼にエスコートされ、私たちはホールの扉をくぐった。カイルさんの隣を歩くだけで、会場中の目が一斉に集まるのを感じる。

 彼という人物が、この国の社交界でいかに大きな存在であるかを、集まる視線の強さが物語る。
 魔道士団の団長にしてヴァレンティス侯爵家の次期当主が、見知らぬ水色のドレスの女性を連れて現れたことで、会場は一瞬ざわめきに包まれた。

 あまりの注目に体が固くなるのを感じ、不安でふとカイルさんの顔を見上げる。いつもの冷静な顔に、心からの自信と喜びを湛えた笑みを浮かべていた。絶対的な安心感が私を包む。

 私たちは、まず王家への挨拶、そして主要な貴族たちへの挨拶へと向かった。カイルさんは、流れるような社交のマナーで一人ひとりのもとへ私を連れて行く。
 
 次々と高位の貴族たちに挨拶をすることになり、その度に頭の中に叩き込んでいた貴族の家系図や、マナーの本の内容を必死で参照する。

 マリアベル様の指導通り、深すぎず浅すぎないカーテシーで、なんとか一連の挨拶回りをこなしていく。しかし驚いたことに、私のことを既に知っている方も多く、挨拶は総じて好意的に受け入れられた。

 そして、私たちは宰相様のもとへ向かった。
 王城にいた頃、顔を合わせたことがあるが、こうして改めて話すのは久しぶりだ。宰相様は穏やかな顔でカイルさんと挨拶を交わした後、私に向き直った。

「宰相閣下、お久しぶりでございます」
「ユイさん。ご活躍の噂は耳にしていますよ。色々と国のために働いてくれているようで、心から感謝しています」
「いえ、私は何も。カイルさんや皆さんに助けられているばかりで」

 宰相はにこやかに首を振った。

「あなたは謙虚な方だ。その優しさと力に助けられている者は多いのですよ。どうか、自信を持って下さいね」

 その言葉は、私の心に深く染み込み、じんわりと温かさが広がった。

 挨拶回りの途中、私はホールの一角に強い視線を感じた。その視線の先にいたのは、赤茶の髪に宝石のような赤い瞳を持つ女性とその側近たちだった。その女性のすぐ隣にはイリアス副団長が寄り沿い、優雅に談笑している。

「カイルさん、あちらの赤いドレスの女性がヴィオラ殿下ですか? ご挨拶に伺ったほうがよろしいでしょうか?」

 カイルさんは、視線を少しだけ向けた。

「構わない。向こうから接触してきてからで十分だ。まずは、この国の主要な貴族に挨拶を済ませよう」

 カイルさんの毅然とした判断を聞き、私は再び挨拶回りに集中した。


 その時。ホールの奥、ざわめく人々の隙間から一人の壮年の男性が姿を現すと、周囲の空気が一瞬揺らぎ驚きが広がった。

 黒の礼装を纏ったその男性は、威厳ある体躯をまっすぐに伸ばし、堂々とした足取りでこちらへと歩いてくる。

 カイルさんの視線が彼に注がれた瞬間、普段滅多に崩れない表情に驚きが走った。
 そして、その男性は真っ直ぐに私たちの方へ近づいてきた。

「これは、バルムート公爵。大分お元気になられたようで、何よりです」

 カイルさんは驚きを隠しながらも、丁重に挨拶をした。バルムート公爵は、穏やかで深い眼差しでカイルさんを見返し、微笑みを浮かべた。

「ああ、カイルが持ってきてくれた、あの摩訶不思議な色の薬のおかげだよ」

 そして公爵様は、ゆっくりと私に視線を移し、柔らかな好奇心を帯びた笑顔を見せた。

「このお嬢さんが、例の薬を作った人かな?」
「はい、その通りです」

 カイルさんは、どこか誇らしげに私を見て、その男性を紹介してくれた。

「ユイ、この方はバルムート公爵様だ。前魔道士団長で、俺の上司だった方だ」

 それを聞いて、慌てて姿勢を正し名乗った。

「はじめまして。ユイと申します」
「はじめまして、バルムート・ヘイデンと申します。あなたがユイさんでしたか。先日、カイルからピンク色のポーションをいただきましてね。この通り、こうして夜会に出られるほどにまで回復したのですよ」
「そうなんですね……!」

 ご病気だったのだろうか。カイルさんから、ポーションの効果を調べると聞いてはいたけど、自分の作ったものが人の役に立っている事実に、胸の奥がふっと温かくなる。公爵様は、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「私はね、三年前に深淵森で起きた魔獣暴走の鎮圧に向かったのだよ。本来なら百名規模の討伐隊を編成すべきほどの大規模な事態だった。当時の私は魔道士団長で、状況確認と初動の指揮のために前線に立っていたんだ」

 深淵森。国境近くにある、古来より瘴気の濃い危険地帯と聞いたことがある。
 公爵様の瞳が、かすかに昔を思い出すように揺らいだ。

「深淵森の瘴気は極めて強力でね。あの時の森は魔獣の暴走もあり、異常な濃度になっていた。深く吸い込んだ者は、声が出なくなり、次に筋肉が石のように硬直していく。治癒魔法でも浄化魔法でも緩和できず、時間が経てば経つほど、毒が神経にまで入り込み、やがて体は動かなくなっていく」

 私は思わず息を呑んだ。公爵様は指先を軽く握ってみせる。

「最初は歩行が困難になり、やがて指一本すら動かなくなった。医師も魔法使いも匙を投げ、このまま寝たきりになるだろうと言われていたんだが……あなたの薬は違った。体内の深部に居座っていた瘴気の毒素を、まるで根こそぎ吸い上げるように消し去ってくれた。信じられないほどの変化だったよ。自力で握った拳を見て涙が出たほどだ」

 カイルさんの横顔には、深い苦渋が浮かんでいた。胸が熱くなり、ただ「それは、本当によかったです」と返すのが精一杯だった。

 公爵様は深く頷き、ふっと優しい笑みを浮かべた。

「カイルはね、私が倒れてからもずっと見舞いに来てくれていた。肩書きを失った私に対しても、変わらず気にかけてくれて……本当にありがたいことだったよ」
「そんな、大したことはしていませんよ」

 カイルさんはわずかに目を伏せ、苦笑を交えながら答えた。
 二人の間には、上下関係でも職務でもない、落ち着いた信頼の空気が漂っている。長く面倒を見てくれた師と、その背中を追ってきた後輩というような、静かな繋がりが感じられた。

 公爵様は私の正面に立ち直し、真摯な目で言った。

「ユイさん。あなたの力は、この国にとってあまりに大きな価値を持つ。何か困ったことがあれば、必ず私を頼りなさい。力の及ぶ限り、あなたの味方になると誓おう」

 重く、心の奥まで響く言葉だった。私の存在意義を確かなものにしてくれた気がした。
 そこへ別の貴族たちが次々と声をかけ、公爵様は「また会おう」と言い残して堂々と歩き去っていった。


 カイルさんが小さく息を吐き、私へ微笑む。

「バルムート公爵の症状はずっと気になっていた。ユイのポーションを見たとき、まず彼に試そうと思った」

 その声には、深い安堵が滲んでいた。

「ユイ、ありがとう」
「いえいえ、私がカイルさんにしてもらっていることのほうがずっと多いですから」

 私がにこやかに返すと、カイルさんは満足げに微笑んでくれた。


──その時だった。

 凛とした、よく通る女性の声が背後から響く。

「ご挨拶よろしいかしら?」

 振り向くと、そこには情熱的な赤いドレスを纏い、赤茶の髪と真っ赤な瞳が印象的なヴィオラ殿下が、氷のような微笑みを浮かべていた。

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