3 / 18
新天地
[1]ー2
しおりを挟む
鼻歌を歌いながら、弾むような足取りで坂道を下ること数十分。街までたどり着いたリリィは色々な店をのぞいては、あれもこれもと購入する。
出てくるときにやって来た馬車は伯爵家からの物資便だ。生活に必要なものから娯楽品まで様々なものが詰まっているだろうが、そこにリリィが欲しいものはない。父親をはじめ、伯爵家の屋敷の人々は、リリィが本当にやりたいことなんてなにも知らないのだ。
ずっと長い間無理だろうと諦めていたことも、ここなら叶えられる。
マノンはまるでリリィが不幸のように言っていたけれど、むしろ逆だ。この境遇を心から喜んでいた。
王都の伯爵邸では常にマノンをはじめとした侍女たちに囲まれていて、ひとりきりで出歩くなんてできなかった。本当はずっと〝昔のように〟ひとりで気兼ねなく動きまわれる生活が恋しかったのだ。
前世のリリィは有名企業の受付で働く二十九歳のOLだった。女同士の嫉妬やマウントをかいくぐり、より良い条件の結婚相手と巡り合うため日夜合コンや婚活に励んでいた。
幾度かの失敗の末、とうとう総合病院の後継ぎという医者との交際にこぎつけることができた。
『よっぽど前世で徳を積んだんだわ』
諸手を上げて大喜びしたのもつかの間。元カノだか浮気相手だか知らないが、その男のストーカーに突き飛ばされて階段から転落。あっけなく〝ジ・エンド〟だ。
『もうたくさん! 生まれ変わったら修道女みたいに清く正しく生きてやるんだからー!』
そう心の中で叫んだのが最後の記憶だった。
それなのにふたを開けてみれば伯爵令嬢だ。
物心つく前に決められた許嫁が素行不良や派手な異性関係でうわさの絶えない第四王子とくれば、平穏な暮らしなど永遠に叶えられそうにない。
女好きの第四王子のせいで逆恨みを買う可能性が高い。今度は刺されたり毒を盛られたりするかもしれない。
あんな恐ろしい思いはもうたくさんだ。
なんとしても回避しなければ。
そう思ったリリィは、第四王子から婚約破棄してもらえるよう努力を重ねた。
ダンスでは王子の足を踏みまくり、事あるごとにわがままを言った。第四王子が気にしている背の低さを無神経に話題にしてみたり、宝石やドレスなど贅沢三昧もアピールした。
第四王子がうんざりした表情をし始めた頃、顔見知りの中から王子の好きそうなタイプの令嬢をそれとなく引き合わせた。ほどなくして二人は恋仲になった。
ここまで来たらあとは〝王子の心変わりに心を痛めながらも、ふたりの幸せを願って自ら身を引く〟だけだ。
田舎でのスローライフへの夢が膨らませながら、社交界から去る頃合いを見計らっていたところに、不測の事態が起こった。リリィを許嫁の座から引き下ろそうと、相手の令嬢がありもしない悪行を王子に吹き込んだのだ。鵜呑みにした王子は怒り、婚約解消をした上に恋人から聞いたことをそのまま宮廷で吹聴した。
『リリィ=ブランシュ・ル・ベルナールは稀代の悪女である』
根も葉もないうわさは尾ひれをつけて瞬く間に王都中に広まり、リリィは辺境の山すそにある伯爵家の別邸へと身を寄せることになった。
「まあ、色々あったけど、終わりよければすべてよしですわ」
弾むように歩きながらひとり言ちる。
社交会は嫉妬や陰謀が渦巻いていて、合コンより何十倍も難易度が高かった。
補正下着よりもコルセットの方が苦しく、大仰なドレスは重たくて身動きが取りづらい。
身についたことといえば、裾を踏まれるのを察知してそれとなくかわしつつも相手をよろけさせる、そんなどうでもいい技くらいだ。
悪女? その通りですけどなにか。
一度死んだアラサー女はそれくらいではへこたれない。
人間いつ終わりを迎えるかわからないのだから、今度こそ貪欲に夢を叶えていかなければ。
「それにしても少し買い過ぎたかしら」
両手で抱えた紙袋がずしりと重い。野菜の種を買いに来たはずなのに、どうしてこんなに重たくなってしまったのだろう。
次はいつひとりで来られるかわからないと思ったら、ついあれもこれもと欲張ってしまった。荷物を抱えて坂道を上らないと屋敷に帰れないことをすっかり失念していた。
やっぱり馬車で来ればよかったかしら。
田舎の街にあんな立派な馬車で来たら、一発で伯爵令嬢だと知れるだろう。こんな辺境の地まで悪女のうわさは届いていないとは思うが、できることなら静かに暮らしたい。
「よいしょっ」と令嬢らしからぬ掛け声を口にしながら荷物を抱え直したとき、道の反対側から騒ぐ声が聞こえてきた。見ると、十歳くらいの男の子の胸ぐらを身なりのいい男がつかんでいる。考えるより早くリリィの体が動いた。
「おやめなさい!」
少年の胸ぐらをつかんだまま男がこちらに顔を向けた。
出てくるときにやって来た馬車は伯爵家からの物資便だ。生活に必要なものから娯楽品まで様々なものが詰まっているだろうが、そこにリリィが欲しいものはない。父親をはじめ、伯爵家の屋敷の人々は、リリィが本当にやりたいことなんてなにも知らないのだ。
ずっと長い間無理だろうと諦めていたことも、ここなら叶えられる。
マノンはまるでリリィが不幸のように言っていたけれど、むしろ逆だ。この境遇を心から喜んでいた。
王都の伯爵邸では常にマノンをはじめとした侍女たちに囲まれていて、ひとりきりで出歩くなんてできなかった。本当はずっと〝昔のように〟ひとりで気兼ねなく動きまわれる生活が恋しかったのだ。
前世のリリィは有名企業の受付で働く二十九歳のOLだった。女同士の嫉妬やマウントをかいくぐり、より良い条件の結婚相手と巡り合うため日夜合コンや婚活に励んでいた。
幾度かの失敗の末、とうとう総合病院の後継ぎという医者との交際にこぎつけることができた。
『よっぽど前世で徳を積んだんだわ』
諸手を上げて大喜びしたのもつかの間。元カノだか浮気相手だか知らないが、その男のストーカーに突き飛ばされて階段から転落。あっけなく〝ジ・エンド〟だ。
『もうたくさん! 生まれ変わったら修道女みたいに清く正しく生きてやるんだからー!』
そう心の中で叫んだのが最後の記憶だった。
それなのにふたを開けてみれば伯爵令嬢だ。
物心つく前に決められた許嫁が素行不良や派手な異性関係でうわさの絶えない第四王子とくれば、平穏な暮らしなど永遠に叶えられそうにない。
女好きの第四王子のせいで逆恨みを買う可能性が高い。今度は刺されたり毒を盛られたりするかもしれない。
あんな恐ろしい思いはもうたくさんだ。
なんとしても回避しなければ。
そう思ったリリィは、第四王子から婚約破棄してもらえるよう努力を重ねた。
ダンスでは王子の足を踏みまくり、事あるごとにわがままを言った。第四王子が気にしている背の低さを無神経に話題にしてみたり、宝石やドレスなど贅沢三昧もアピールした。
第四王子がうんざりした表情をし始めた頃、顔見知りの中から王子の好きそうなタイプの令嬢をそれとなく引き合わせた。ほどなくして二人は恋仲になった。
ここまで来たらあとは〝王子の心変わりに心を痛めながらも、ふたりの幸せを願って自ら身を引く〟だけだ。
田舎でのスローライフへの夢が膨らませながら、社交界から去る頃合いを見計らっていたところに、不測の事態が起こった。リリィを許嫁の座から引き下ろそうと、相手の令嬢がありもしない悪行を王子に吹き込んだのだ。鵜呑みにした王子は怒り、婚約解消をした上に恋人から聞いたことをそのまま宮廷で吹聴した。
『リリィ=ブランシュ・ル・ベルナールは稀代の悪女である』
根も葉もないうわさは尾ひれをつけて瞬く間に王都中に広まり、リリィは辺境の山すそにある伯爵家の別邸へと身を寄せることになった。
「まあ、色々あったけど、終わりよければすべてよしですわ」
弾むように歩きながらひとり言ちる。
社交会は嫉妬や陰謀が渦巻いていて、合コンより何十倍も難易度が高かった。
補正下着よりもコルセットの方が苦しく、大仰なドレスは重たくて身動きが取りづらい。
身についたことといえば、裾を踏まれるのを察知してそれとなくかわしつつも相手をよろけさせる、そんなどうでもいい技くらいだ。
悪女? その通りですけどなにか。
一度死んだアラサー女はそれくらいではへこたれない。
人間いつ終わりを迎えるかわからないのだから、今度こそ貪欲に夢を叶えていかなければ。
「それにしても少し買い過ぎたかしら」
両手で抱えた紙袋がずしりと重い。野菜の種を買いに来たはずなのに、どうしてこんなに重たくなってしまったのだろう。
次はいつひとりで来られるかわからないと思ったら、ついあれもこれもと欲張ってしまった。荷物を抱えて坂道を上らないと屋敷に帰れないことをすっかり失念していた。
やっぱり馬車で来ればよかったかしら。
田舎の街にあんな立派な馬車で来たら、一発で伯爵令嬢だと知れるだろう。こんな辺境の地まで悪女のうわさは届いていないとは思うが、できることなら静かに暮らしたい。
「よいしょっ」と令嬢らしからぬ掛け声を口にしながら荷物を抱え直したとき、道の反対側から騒ぐ声が聞こえてきた。見ると、十歳くらいの男の子の胸ぐらを身なりのいい男がつかんでいる。考えるより早くリリィの体が動いた。
「おやめなさい!」
少年の胸ぐらをつかんだまま男がこちらに顔を向けた。
15
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
婚約破棄は大歓迎! 悪役令嬢は辺境でぐうたらスローライフを送りたい ~二度寝を邪魔する奴は、王太子でも許しません~
小林 れい
ファンタジー
煌びやかな夜会で、婚約者であるジークフリート王太子から「婚約破棄」を突きつけられた公爵令嬢ユーラリア。 「身に覚えのない罪」で断罪される彼女に、周囲は同情の視線を向けるが——。
(((きたぁぁぁ! 自由だ! これで毎日、お昼過ぎまで寝られる!!)))
実は彼女、前世の記憶を持つ転生者。 過労死した前世の反省から、今世の目標は「絶対に働かないこと」。 王妃教育という名の地獄から解放されたユーラリアは、慰謝料として手に入れた北の果ての別荘へと意気揚々と旅立つ。
待っていたのは、フカフカの羽毛布団と、静かな森。 彼女はただ、お菓子を食べて、二度寝をして、ダラダラ過ごしたいだけだった。
しかし——。 「眩しいから」と魔法で空を曇らせれば、**『干ばつを救った聖女』と崇められ。 「動くのが面倒だから」と転移魔法でティーカップを寄せれば、『失伝した超魔法の使い手』**と驚愕される。
さらに、自分を捨てたはずの王太子が「君の愛が恋しい」と泣きつき、隣国の冷徹な軍事公爵までが「君の合理的な休息術に興味がある」と別荘に居座り始めて……!?
「お願いですから、私の睡眠を邪魔しないでいただけますか?」
勘違いと怠惰が加速する、最強ニート令嬢のスローライフ(?)物語!
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
悪役令嬢発溺愛幼女着
みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」
わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。
響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。
わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。
冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。
どうして。
誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる