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再び宮廷へ
[1]ー2
しおりを挟む会場はすでに多くの招待客であふれかえっていた。
まばゆいばかりに輝くシャンデリアが、鏡のごとく磨かれた大理石に光の粒をまく。バイオリンやチェロの宮廷楽師たちが軽快な音色を奏でる中、華やかな正装をまとった男女が歓談していた。皆、舞踏会の始まりを待っているのだ。
ひとりで入って来たリリィに気づいた人たちが、ちらちらとこちらを見ながら耳打ちをする。大方『この場によく顔を出せたものね』だの『新たな男を漁りに来たんじゃないの』とでも言っているのだろう。
ひそひそ話をする人たちの方に顔を向け、にこりと優雅に微笑む。気まずそうに視線を逸らされた。
こっそりため息をついて部屋の隅へ移動しようとしたそのとき。
「まあっ! どこのどなたかと思いましたら、リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール伯爵令嬢ではございませんか!」
キーンと頭に刺さるような声に、リリィは心の中で『出た!』とつぶやく。振り向くと、鳥の羽根で飾られた一風変わった真っ赤なドレスを身に着けた女性が立っている。
「イレーヌ嬢、ごぎげんよう」
挨拶をすると、相手は「ふんっ」と鼻息をつく。
「相変わらずすばらしい神経をお持ちでいらっしゃるのね」
「それほどでも」
「褒めておりませんわ!」
目尻を吊り上げた彼女、イレーヌ・ル・クレイモン伯爵令嬢こそが、リリィから第四王子を奪った相手だ。
リリィ自身は〝奪われた〟とは思っていないが、彼女はきっとリリィがそう思っていると信じているだろう。
「そんな流行遅れの地味なドレスしかなかったなんて、おかわいそうに」
たしかにリリィが身に着けているのは、手持ちの中から選んだ一着なので流行りのものではない。光沢のある深いエメラルドグリーンのシルクタフタが目に留まった瞬間、迷わずこれだと決めた。余計な装飾が施されていない分、大ぶりなエメラルドのネックレスとイヤリングをつけた。洗練された装いは、流行には決して左右されない。
「わたくしにはこれで十分ですわ。流行の先取りと奇抜さは紙一重ですから」
イレーヌの口もとがピクピクと痙攣する。
「そ、そんなですからエスコートにも断られますのよ!」
声高に言い切ったイレーヌに、リリィははっとした。もしかしたら彼女がリリィのパートナーを断るように圧力をかけたのかもしれない。第四王子の威光を借りればたやすいことだろう。
「舞踏会にエスコートなしなんて、よく顔を出せましたわね。ああ、なるほど。こちらで新しいお相手をお見繕いになられますのね」
思わず「ふっ」と笑ってしまった。イレーヌのセリフはさっき自分が頭の中で考えた言葉そのままだ。テンプレすぎる嫌味しか言えないあたりで、底が知れる。
「なにがおかしいんですの!」
「いえ別に」
じわじわと笑いのツボに刺さり、こらえるのに苦労する。
「あなた、わたくしをバカにしているの⁉」
「決してそんなわけでは。お気に障ったならごめんあそばせ」
イレーヌが甲高い声を上げたせいで、周りから注目を浴び始めている。
今回の目的は王妃謁見のみ。ここでイレーヌとやり合ってもなんの得にもならない。相手をしないのが一番だ。
「わたくし、用がありますのでこれで」
ドレスの端をつまんで礼をし、すばやくその場から離れようとする。
「ちょっ、お待ちなさい! わたくしはまだいいと言っておりませんわよ!」
イレーヌの執拗な絡みにため息をつきそうになる。大体同じ伯爵家という点で身分は同等なのだ。退出するのにそちらの許可を得る必要もない。
そっと瞳を閉じて鼻から息を吸い込むと、お腹に力を入れて背筋を伸ばした。ゆっくりとまぶたを開いて、まっすぐにイレーヌを見つめる。
「な、なんですの、なにか文句でも……っ」
最上級の微笑みを浮かべたら、イレーヌが息をのんだ。
「わたくし、人様のものにまったく興味はございませんの。欲しいものを手に入れるために手段を選ばず誰かを貶めたりするような浅ましい人間にはなりたくありませんので」
「な……っ」
「イレーヌ・ル・クレイモン伯爵令嬢。わたくしにはそんなことより大事なものがございますからどうぞご安心なさってくださいませ」
許嫁を取られた仕返しをするくらいなら、畑で農作物を作った方がよっぽど生産性があるというものだ。
「ではこれで失礼いたしますわね。ごきげんよう」
顔を真っ赤にしてふるふると肩を震わせるイレーヌに背を向けて、その場を立ち去ろうとしたところで、声が割り込んできた。
「なんの騒ぎだ」
「ジョナス殿下!」
イレーヌが目を輝かせた。
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