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第1幕:前向き少女の行進曲(マーチ)
第2-2節:突きつけられた厳しい現実
しおりを挟むそれから程なく作業が終わり、ベインさんたちはこの地を去っていった。その見送りを終えると、ベテランのメイドさんが私に対してあらためて深々と頭を下げてくる。
「シャロン様、お初にお目にかかります。私はメイド長のスピーナと申します。以後、お見知りおきを」
「シャロンです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「こちらの者はシャロン様に専属でお仕えするポプラです。何かあればこのポプラにお申し付けください」
スピーナさんは横に立っていた若いメイドの背中をこちらに向けて軽く押し、私に紹介した。
するとその子は大きく体をビクつかせ、慌てて頭を下げてくる。その際にバランスを崩して前のめりに転びそうになり、スピーナさんは不機嫌そうに彼女を睨み付けながら咳払いをする。
「ポ、ポプラと申しますっ! 年齢は14歳っ! 至らぬ点も多々あるかもしれませんが、なにとぞご容赦くださいっ!」
「では、ポプラ。シャロン様をお部屋にご案内しなさい」
「は、はいぃっ!」
そのポプラの返事を聞くと、スピーナさんは踵を返してこの場から立ち去ろうとした。もう少し何らかの会話があってもいいと思うのに、簡単な自己紹介のみで終了だなんて本当に素っ気ない。
それに嫁ぎ先に着いたのだから、旦那様となるリカルド様へまずは挨拶をしておかないと失礼に当たる。経緯はどうであれ、これから一生をともにする方なのだから。お顔だって拝見したいし。
「あのっ、スピーナさん。私、リカルド様にご挨拶をしたいのですが」
戸惑うばかりの私は慌ててスピーナさんを呼び止めた。
すると彼女はピタリと足を止めて振り返り、氷のような冷たい瞳でこちらを睨み付けてくる。まるで迷い込んだ野良犬がキャンキャン吠えてうるさいとでも言いたげな雰囲気……。
緊張感の漂う空気の中、私が強い心で静かに返事を待っていると、スピーナさんは眼鏡の位置を正しながら口を開く。
「リカルド様はお忙しくて時間を取れません。夕食の際にお顔合わせをするということになっておりますので、ご挨拶はその時で問題ないでしょう。リカルド様もそのつもりでいると思われます」
「そ、そうなんですか……。では、それまではどう過ごせば良いですか?」
「ご自由にどうぞ。当家でシャロン様にしていただくことはありません。お屋敷内に居られるだけで結構でございます。経理責任者である私としましては、むしろ余計なことをされて無駄な出費が増える方が困ります」
「っ!?」
「念のために申し上げておきますが、実質的には平民であるシャロン様に当家の跡継ぎを産んでいただく必要もありません。そもそもリカルド様はこの婚姻話に乗り気ではなかったわけで、その気もないことでしょう。逼迫する経済状況の中、王都から出る嫁入りの支度金と毎月の援助金が目当てで仕方なく決断なさったことなのですから」
「なっ……」
スピーナさんの言葉を聞いて、私は愕然とする。心に大きなショックを受け、全身から力が抜けていく。
王様にとっては政略結婚の道具、リカルド様にとっては黄金の卵を産む雌鶏。私の存在意義って何なのだろう?
もはや悲しみや嘆きを通り越して、涙の一滴すら出ない。
「跡継ぎはのちのち別のもっと身分のしっかりした貴族から迎え入れるご側室にでも産んでいただければ良いだけのこと。あるいはシーファ様が――」
「っ? シーファ様?」
「――いえ、なんでもありません。そういうわけですので、あとのことはポプラにお訊ねください。それでは私は仕事がありますので、これにて失礼いたします」
スピーナさんはそう言い放つと、ドアを開けてお屋敷の中へさっさと戻ってしまった。
私とポプラだけがその場に取り残され、沈黙と重苦しい空気が漂っている。まるでここだけが世界と切り離されてしまったかのような孤独感。胸が締め付けられるような想いがする。
政略結婚という意味合いを考えれば、相手の家に疎ましく思われていたとしてもおかしくないのは分かる。歓迎されていないかもしれないなというのも、なんとなく想像はしていた。
でも実際にこんなにも冷たく対応されると、やっぱり苦しくて寂しい。そして私はこれからずっとこの家で暮らしていかなければならないと思うと、希望の欠片さえ打ち砕かれたような気がしてくる。
そんな時、不意に私の両手は温かな感触に包まれる。視線を向けてみると、ポプラが瞳を潤ませながら私の手を握っている。
「どうか気を落とさないでください。私はシャロン様の専属メイド。何があってもシャロン様の味方です」
「ポプラ……。うんっ、気遣ってくれてアリガトね。私は大丈夫だよ」
「実は私もシャロン様の嫁入りに合わせて、約1か月前から当家に雇われたばかりの新人メイドなんです。少しでも家族の暮らしを助けたくて、募集に応じまして。運良く採用されたものの、失敗続きでスピーナさんには叱られてばかり……。だから一緒に頑張っていきましょう!」
「そうだったんだ……」
初めて会った時からポプラには場慣れしていないような雰囲気があったけど、そう感じたことにようやく合点がいった。
(つづく……)
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