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第1幕:前向き少女の行進曲(マーチ)
第2-3節:気付かされた想い
しおりを挟むそっか、メイドになって日が浅いのならそれも当然だ。よく見ると手足のあちこちには真新しい生傷があるし、きっと一生懸命に仕事を頑張っているんだと思う。スピーナさんの指導も厳しいに違いない。
そのことを認識した瞬間、私は自分が恥ずかしくなる。何もしなくても暮らしていけるなんて、彼女からしてみれば恵まれている立場だと悟ったから。
思い返してみると、故郷でも私は父の稼ぎのおかげで食べていくには困らない生活をしていた。決して裕福というわけではなかったけど、平民の中でも並以上の水準には達していたと思う。
一方、年下なのに家族が少しでも食べていけるよう家を出て働いているなんて、ポプラは私より何倍も偉いし尊い。
――そうだ、私は挫けている場合じゃない。
自由に過ごして良いというのなら、リカルド様や領民のみんなのために働いたっていいはず。辺境伯夫人でなくとも、ひとりのシャロンという人間として全力を尽くして、自分の居場所を作っていけば良いんだ!
フィルザードは私の新たな故郷。今まで父が学ばせてくれた様々なことと私の持っている能力を活かして頑張ってみせる。どんな困難にも決して負けない、諦めないッ!
私は満面の笑みを浮かべてポプラの手を優しく握り返す。
「ありがとう、ポプラ。あなたのおかげで私、大切なことに気付かされたよ。気持ちも吹っ切れた。これからも頼りにさせてね。その代わり、ポプラも遠慮なく私を頼って」
「も、勿体ないお言葉ですっ! 恐縮ですっ!」
「お互いに気兼ねなく何でも話をしていこうね。それじゃ、ポプラ。お屋敷の中を案内してくれる?」
「は、はいですっ!」
ポプラは晴れやかな表情を浮かべ、嬉しそうに大きく頷いた。
この瞬間、私は彼女と心が通じ合ったような気がする。私の単なる思い込みとか自惚れかもしれないけど。
ただ、少なくとも私はポプラのために色々してあげたいと強く想う。主人と従者というだけの関係ではなく、大切な友人同士として接していきたい。
その後、私はポプラに連れられ、お屋敷の中を進んでいった。もちろん、単純に私の部屋へ向かうのではなく、ついでにあちこちを案内してもらっている。
なお、建物も調度品などにも歴史を感じさせるものが多いけど、どこを見ても掃除や管理が行き届いている感じ。きっと家事全般を統括しているスピーナさん自身の能力が高いのはもちろん、意識も隅々まで及んでいるんだろうな。
雰囲気はちょっと怖い人だけど、学ぶべきところは多そうだ。思い切って懐へ飛び込んでみるのもいいかもしれない。
…………。
……それにしても、お屋敷の中は私たちの足音がハッキリと聞こえるくらいに静まり返っている。まるで魔法で存在を消されてしまったか、そもそもここは空き家なんじゃないかと思うくらいに人間の気配が感じられない。
それに加えて廊下のひんやりとした空気が肌も精神も萎縮させる。
「ねぇ、ポプラ。お屋敷の中が随分と静かだね。私たち以外には誰もいない感じさえするし」
「そうかもしれません。お屋敷内で働いている使用人の数はわずかですから。ご存知かもしれませんが、フィルザード家にはたくさんの人を雇う経済的な余裕がないんです。私を雇えるようになったのも、王都からシャロン様の援助金が出るようになったからだとか」
「財布の紐を握っているスピーナさんにしてみれば、私の生活費もポプラのお給金も援助金を得るための『必要経費』って意識なんでしょうね」
「てははっ、私もそう思います。スピーナさんはおカネにシビアですからねぇ。しかも私にとっては冷酷な鬼ですよぉ。お仕事の指導を受ける時なんか、いつもツノやキバを生やしていて恐ろしいです」
「鬼って、さすがにそれは言い過ぎじゃない?」
「……へっ? あっ、あわわっ! 今のは聞かなかったことにしてくださいっ! お願いですっ、シャロン様ぁ!」
私の言葉に釣られ、つい失言してしまったことに慌てるポプラ。顔色は真っ青になり、このことを内緒にしておくよう懇願してくる。
その取り乱した様子に思わず吹き出しそうになりつつ、私は彼女の肩を優しく叩く。
「ん、私は何も聞いてないよ。だから安心して。――それじゃ、兵士はお屋敷の警護をしていないの?」
「……あっ、えとえと、ほとんどの兵士は有事や訓練、儀礼などの時だけ出仕する感じですね。私の記憶では、訓練が1年に数回あるかないかという程度のはずです。普段は自宅で農業などほかの仕事に従事しています。私の父や祖父もそうですから」
「つまりそれって平和ってことだよね。争いで血が流れないのは良いことだと思う」
「その代わり、毎日が自然との戦争みたいなものですけどね。厳しい環境の中で作物を育てなければならず、得られる食べ物はわずかな量。みんなギリギリの生活をしていますから……」
ポプラは遠い目をしながら声を落として呟いた。彼女の反応を見ていると、お腹一杯に食べられることのありがたみをひしひしと感じる。
(つづく……)
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