6 / 178
第1幕:前向き少女の行進曲(マーチ)
第2-2節:突きつけられた厳しい現実
しおりを挟むそれから程なく作業が終わり、ベインさんたちはこの地を去っていった。その見送りを終えると、ベテランのメイドさんが私に対してあらためて深々と頭を下げてくる。
「シャロン様、お初にお目にかかります。私はメイド長のスピーナと申します。以後、お見知りおきを」
「シャロンです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「こちらの者はシャロン様に専属でお仕えするポプラです。何かあればこのポプラにお申し付けください」
スピーナさんは横に立っていた若いメイドの背中をこちらに向けて軽く押し、私に紹介した。
するとその子は大きく体をビクつかせ、慌てて頭を下げてくる。その際にバランスを崩して前のめりに転びそうになり、スピーナさんは不機嫌そうに彼女を睨み付けながら咳払いをする。
「ポ、ポプラと申しますっ! 年齢は14歳っ! 至らぬ点も多々あるかもしれませんが、なにとぞご容赦くださいっ!」
「では、ポプラ。シャロン様をお部屋にご案内しなさい」
「は、はいぃっ!」
そのポプラの返事を聞くと、スピーナさんは踵を返してこの場から立ち去ろうとした。もう少し何らかの会話があってもいいと思うのに、簡単な自己紹介のみで終了だなんて本当に素っ気ない。
それに嫁ぎ先に着いたのだから、旦那様となるリカルド様へまずは挨拶をしておかないと失礼に当たる。経緯はどうであれ、これから一生をともにする方なのだから。お顔だって拝見したいし。
「あのっ、スピーナさん。私、リカルド様にご挨拶をしたいのですが」
戸惑うばかりの私は慌ててスピーナさんを呼び止めた。
すると彼女はピタリと足を止めて振り返り、氷のような冷たい瞳でこちらを睨み付けてくる。まるで迷い込んだ野良犬がキャンキャン吠えてうるさいとでも言いたげな雰囲気……。
緊張感の漂う空気の中、私が強い心で静かに返事を待っていると、スピーナさんは眼鏡の位置を正しながら口を開く。
「リカルド様はお忙しくて時間を取れません。夕食の際にお顔合わせをするということになっておりますので、ご挨拶はその時で問題ないでしょう。リカルド様もそのつもりでいると思われます」
「そ、そうなんですか……。では、それまではどう過ごせば良いですか?」
「ご自由にどうぞ。当家でシャロン様にしていただくことはありません。お屋敷内に居られるだけで結構でございます。経理責任者である私としましては、むしろ余計なことをされて無駄な出費が増える方が困ります」
「っ!?」
「念のために申し上げておきますが、実質的には平民であるシャロン様に当家の跡継ぎを産んでいただく必要もありません。そもそもリカルド様はこの婚姻話に乗り気ではなかったわけで、その気もないことでしょう。逼迫する経済状況の中、王都から出る嫁入りの支度金と毎月の援助金が目当てで仕方なく決断なさったことなのですから」
「なっ……」
スピーナさんの言葉を聞いて、私は愕然とする。心に大きなショックを受け、全身から力が抜けていく。
王様にとっては政略結婚の道具、リカルド様にとっては黄金の卵を産む雌鶏。私の存在意義って何なのだろう?
もはや悲しみや嘆きを通り越して、涙の一滴すら出ない。
「跡継ぎはのちのち別のもっと身分のしっかりした貴族から迎え入れるご側室にでも産んでいただければ良いだけのこと。あるいはシーファ様が――」
「っ? シーファ様?」
「――いえ、なんでもありません。そういうわけですので、あとのことはポプラにお訊ねください。それでは私は仕事がありますので、これにて失礼いたします」
スピーナさんはそう言い放つと、ドアを開けてお屋敷の中へさっさと戻ってしまった。
私とポプラだけがその場に取り残され、沈黙と重苦しい空気が漂っている。まるでここだけが世界と切り離されてしまったかのような孤独感。胸が締め付けられるような想いがする。
政略結婚という意味合いを考えれば、相手の家に疎ましく思われていたとしてもおかしくないのは分かる。歓迎されていないかもしれないなというのも、なんとなく想像はしていた。
でも実際にこんなにも冷たく対応されると、やっぱり苦しくて寂しい。そして私はこれからずっとこの家で暮らしていかなければならないと思うと、希望の欠片さえ打ち砕かれたような気がしてくる。
そんな時、不意に私の両手は温かな感触に包まれる。視線を向けてみると、ポプラが瞳を潤ませながら私の手を握っている。
「どうか気を落とさないでください。私はシャロン様の専属メイド。何があってもシャロン様の味方です」
「ポプラ……。うんっ、気遣ってくれてアリガトね。私は大丈夫だよ」
「実は私もシャロン様の嫁入りに合わせて、約1か月前から当家に雇われたばかりの新人メイドなんです。少しでも家族の暮らしを助けたくて、募集に応じまして。運良く採用されたものの、失敗続きでスピーナさんには叱られてばかり……。だから一緒に頑張っていきましょう!」
「そうだったんだ……」
初めて会った時からポプラには場慣れしていないような雰囲気があったけど、そう感じたことにようやく合点がいった。
(つづく……)
22
あなたにおすすめの小説
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!
あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】
小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。
その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。
ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。
その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。
優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。
運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。
※コミカライズ企画進行中
なろうさんにも同作品を投稿中です。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる