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第1幕:前向き少女の行進曲(マーチ)
第2-4節:フィルザード家と領内の実情
しおりを挟む確かにこのお屋敷に来る途中で領内のあちこちを見たけど、どこも荒れ地ばかり。お屋敷の近くにあった畑など一部を除いて、満足に植物が育っている様子はなかった。しかもその畑だって範囲は限定的だから、収穫量だってたかがしれていると思う。
今後、私もフィルザードで生きていく以上、この食糧事情はなんとか改善していかなければならないかも。幸せの原点はやっぱり『食』だから。お腹が減っていたら体力はもちろん、気力だって湧いてこない。
ゆえに私はこのことを深く心に留めておくことにする。
「でもお屋敷に警護がいないのは不用心じゃない? 盗賊が入ることはないの?」
「ご領主様も領民も助け合って暮らしている状態なので、そういうことは起きないと思います。必要なものがあれば融通し合い、食べ物に困ったら援助する。税だってほかの地では考えられないくらい安いんですよ? 盗みに入る理由がありません」
「そう……なんだ……」
私はちょっと意外に感じつつ、フィルザード家を見直していた。
だって私が様々な書物や父から学んだ知識によると、多くの貴族は生活が苦しくなると領民から重税を取り立てて、自分たちだけが豊かさを享受しようとするらしいから。それが争いや混乱の原因になることも歴史上では多々あったという。
もっとも、この地でそんなことをしたら貴族も領民も共倒れになるから、そうせざるを得ないという可能性もあるけど。いずれにしても、貴族と領民が支え合って生きているというのは素敵なことだと思う。私はなんだか胸が温かくなる。
――生活は貧しくても、そこに住む人々の心は豊か。また少し私はフィルザードが好きになったかもしれない。
「そもそも盗みに入ろうにも、高価な品物なんてお屋敷にないですしね。それどころか、欲しくなる実用品すら見当たりませんよ」
「ふふっ、手厳しい言葉だね。ご領主様の妻である私にそれを言っちゃう?」
「っ!? はうぅ、わ、私っ、またとんでもない失言をっ!」
「はいはい、今回も聞かなかったことにしておくから。……でもリカルド様を誰も警護していないのはちょっと心配だよね。無警戒すぎる」
私は軽く俯き、低く唸りながら考え込む。
フィルザードがいくら平和でのんびりしている地といっても、隣国と国境を接していることには変わりがない。良好な同盟関係を100年近く維持してきているとしても、それがいつ破られるかも分からないのだ。
だからこそ、王様はこの領地を治めるフィルザード家との縁を維持しておくため、私を政略結婚させた。その相手こそ領主のリカルド様であり、彼が悪意を持つ者に命を狙われることがないとは言えない。
幸いなことに私は父から剣術などを教え込まれているし、乗馬も得意だ。並の冒険者や雑兵、傭兵などと対等以上に戦える自信がある。だから状況次第では私がリカルド様のお側に控えて、身辺警護を担うというのも悪くないかもしれない。
――でもそんな想いは、直後のポプラの言葉によってあっさり打ち砕かれることになる。
「いえ、ご領主様には常に親衛隊長のナイル様が付いていらっしゃいます。ご領主様よりも何歳か年上で、幼い頃からともに育った兄弟同然の仲だとか。兵士の中で唯一、ナイル様だけが専任なんですよ」
「そっか……。つまりそっちの面で私の出番はなしか……」
「へっ? どういう意味ですか?」
ポプラはキョトンとしながら私を見ていた。
その反応から察するに、私がリカルド様の警護を買って出ようとしていたなんて砂の一粒ほども想像していないと思う。見た目は平凡な女子だし、私が剣を扱えるなんて知る由もないからそれは当然だけど。
だから私は笑って誤魔化しながら通路の奥を指差す。
「ううん、なんでもない。じゃ、次はあっちへ行ってみよっか」
「あっ、シャロン様! そこから先に進むのはご遠慮ください! ご領主様が認めた方以外、立ち入りを禁じられています。それはシャロン様も例外ではないと、スピーナさんから念を押されていますので。詳細は私も存じ上げないのですが」
「あ……そうなんだ……」
私は立ち入り禁止と呼ばれたエリアを眺めながらポツリと呟いた。
場所はお屋敷の2階東側。そこには何室か部屋があって、いずれも日当たりの良い方角に面している。また、その位置関係だと窓から庭や畑などが見えるから、もし誰かが居ればお屋敷にやってきた私の姿にも気付くことだろう。
そういえば、ここだけはなんとなく人の気配があるような感じがする。特に突き当たりの部屋。ドアの向こう側で息をひそめているような……。
「――そこで何をなさっているのですか?」
不意に背後から、低音で落ち着いた口調の声が響いた。
あまりにも突然のことだったので私は心臓が止まりそうなくらいに驚き、体が大きく震える。全身の血液が激しい濁流のような勢いを保ったまま収まらない。
ポプラなんか驚きすぎて、白目を剥きながら口をパクパクさせている。失神しなかったのが奇跡なんじゃないかという気さえする。
(つづく……)
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