16 / 178
第1幕:前向き少女の行進曲(マーチ)
第4-1節:雨の精霊と心身への負担
しおりを挟む畑からお屋敷に戻り、昼食を終えた私はポプラと一緒に自室へ戻った。早速、雨の精霊を使役することにする。
もちろん、私が精霊使いであることはフィルザードにいる誰にも言っていない。この世界全体でさえも、その事実を知るのは父だけだ。
もし邪な者に私が精霊使いであることが知れたら、拷問や脅しなどで無理矢理にでもその力を使わされるかもしれないから。
精霊を使役する力は、悪用すれば世界が大混乱に陥りかねないほど強いもの。ゆえに心の底から信用できる相手以外にその力を明かすことは、絶対に避けなければならない――と、幼い頃から父に釘を刺されている。
今回もポプラには単に『オカリナの演奏をするから聴いてほしい』とだけ伝えてある。彼女のことを信用していないわけじゃないけど、一方でそんなに焦らなくてもいいかなという気もして、今は真実を話す踏ん切りが付かなかったのだ。
ただ、ポプラの心が優しくて真っ直ぐなのは確信しているし、私の間近にいればいつか必ず違和感に気付いてしまうはず。だから私はそう遠くない未来に彼女へ全てを打ち明けるような気がする。
それが原因で私の身が危険に晒されたなら、その時は仕方がない。私に見る目も人徳も運もなかったと受け入れるだけだ。
「――じゃ、演奏を始めるね」
私はベッドに腰掛けると、温かな瞳をポプラに向けた。そして精霊を使役する時にいつもやっているルーティーンの言葉を今回は心の中でだけ念じ、オカリナの吹き口を唇に添える。
『精霊さん、どうかフィルザードに雨を降らせて……』
その想いを込めつつ、私は演奏を始める。
曲目は『優しき空の協奏曲』。ゆったりとしたスピードで、聴き手の心に穏やかさを与えるような印象のメロディが特徴だ。でも……。
……ぅぐ……。
精霊を使役する際に、こんなにも苦しさと気持ち悪さを感じるのは何年ぶりだろうか……。
演奏している私自身は精神と肉体が同時に疲労して、魂が少しずつ体から染み出してしまっているかのような感覚に陥る。得体の知れない恐怖感と寒気、気怠さに襲われ、油断すると倒れてしまいそうになる。
今回はいつもと違って魔法力のほかに体力も精霊を使役する対価としている。しかもそれらの消費量は半端なく大きい。心と体が悲鳴を上げるのも無理はない。
そしてそうしたことは想定済みだからこそ、万が一に備えてあらかじめベッドに腰掛けて演奏を始めている。これならもし途中で意識を失ってしまったとしても、倒れて大怪我をするという心配はないから。
今もオカリナから音とともに銀色の光が止め処なく吹き出し続け、開いた窓から大空へと流れていっている。それなのに未だに『雨の精霊』の気配を感じない。つまりまだ使役するためのエネルギーが足りていないのだ。
やはり身の回りに存在する精霊と違い、一筋縄ではいかない。私は気合いを入れ直し、一心不乱にオカリナでメロディを奏で続ける。
するとしばらくしてようやく遠くの空に『雨の精霊』がどこからか現れ、私の奏でた音楽に合わせて踊り始める。外見は白い蛇のようだけど、精霊はどれも共通してコミカルな感じがあるから不気味さや怖さはない。
また、彼がやってきたことによってその能力が発動し、周囲の空気が徐々に変化を始める。例えば、部屋に吹き入れる風は湿気を含みながらひんやりとしてきて、土の匂いも濃く感じられるようになる。
さらに空全体を覆うように鉛色の低い雲が広がっていき、太陽の光が遮られたことによって周囲は日没直後のような暗さに包まれていく。さすがにこの明らかな状態の変化にはポプラも気付いたようで、外の景色を見て目を丸くしている。
やがて私の演奏が続く中、ついに外から雨音が響き出す。しとしととした優しい雨。地面もお屋敷の壁も埃臭い乾燥した空気も、何もかも柔らかく湿らせる。
「……あっ! す、すみませんっ、シャロン様っ! 演奏の途中で申し訳がありませんが、ちょっと失礼しますっ! 外に干してある洗濯物を取り込んできますっ! 雨が降ってきたみたいなのでっ!」
深々と頭を下げ、慌てて部屋を飛び出していくポプラ。私は手を止め、クスッと微笑みながら『転ばないように気を付けてね』と声をかけてその後ろ姿を見送る。
そしてフッと気を抜いた瞬間――。
「っ!? っ……ぅ……」
世界が引っ繰り返るような目まい。視界は暗くなり、心臓が大きく跳ねる。また、冷や汗も全身から吹き出してくる。ただ、幸いなことに意識だけはなんとか保っている。
やはり天候系の精霊を使役するのは、想像以上に心身への負担が大きい。そのことをあらためて実感する。
(つづく……)
22
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ウッカリ死んだズボラ大魔導士は転生したので、遺した弟子に謝りたい
藤谷 要
恋愛
十六歳の庶民の女の子ミーナ。年頃にもかかわらず家事スキルが壊滅的で浮いた話が全くなかったが、突然大魔導士だった前世の記憶が突然よみがえった。
現世でも資質があったから、同じ道を目指すことにした。前世での弟子——マルクも探したかったから。師匠として最低だったから、彼に会って謝りたかった。死んでから三十年経っていたけど、同じ魔導士ならばきっと探しやすいだろうと考えていた。
魔導士になるために魔導学校の入学試験を受け、無事に合格できた。ところが、校長室に呼び出されて試験結果について問い質され、そこで弟子と再会したけど、彼はミーナが師匠だと信じてくれなかった。
「私のところに彼女の生まれ変わりが来たのは、君で二十五人目です」
なんですってー!?
魔導士最強だけどズボラで不器用なミーナと、彼女に対して恋愛的な期待感ゼロだけど絶対逃す気がないから外堀をひたすら埋めていく弟子マルクのラブコメです。
※全12万字くらいの作品です。
※誤字脱字報告ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる