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第1幕:前向き少女の行進曲(マーチ)
第5-2節:それぞれの誤解は晴れて
しおりを挟む目の前に佇んでいたのは、やはりリカルド様。凛とした表情で実に落ち着いている。男性ってやっぱりこういう時は肝が据わっているものなのだろうか?
一方、私は照れくさすぎて彼の顔を直視できない。ドアノブを握る手は勝手に小さく震える。
「シャロン、こんな夜分にすまない。でも今日のうちに昼間の件を正式に謝罪しておきたくてな。それに誰にも邪魔されず、ふたりで話もしたかったし」
「……え? あ、あぁ、そ、そういうことですかッ! あはははっ! え、えっと、立ち話もなんですから室内へどうぞ!」
「うん、お言葉に甘えて失礼する」
リカルド様は部屋の中に入ると、さっきまで私が座っていた椅子に腰を掛けた。
すかさず私は室内の片隅に置いてある水瓶からコップに水を汲んできて、彼に差し出す。いらっしゃるのが分かっていれば、白湯やお茶の類を用意しておけたんだろうけど。
――それにしても、私はとんでもない勘違いをしていた。思い返してみると自分が恥ずかしくなる。思わず頭を抱えつつ、私は別の椅子を持ってきて彼の隣に座る。
「驚きました。まさかリカルド様が私の部屋にいらっしゃるなんて。一瞬、夜這いにいらっしゃったのかと思って焦りました……」
「よ、夜這いっ!? バババ、バカものッ! 今の僕にそんな気はないっ!」
途端に耳まで真っ赤にして狼狽えるリカルド様。でも私も他人のことは言えないので、ただ苦笑いをする。
「あはは……。そこまで強く否定されると、それはそれで妻としては複雑な気持ちになりますけど……」
「べ、別に僕はシャロンに魅力がないと言っているのではない。そこは勘違いしないでほしい。むしろもっと自信を持って良い。素敵な女性だと思うぞ、キミは」
「っ!? は、はいっ! ありがとうございます……」
もしかして、なんかサラッと褒められたっ!? ちょっと嬉しいかも……。
またしても顔や耳が少し熱くなってきた。今の私はどこかおかしい。変に緊張しちゃってるし。胸のドキドキも止まらなくなっている。
一方、リカルド様は咳払いをしてから真顔になって頭を垂れる。
「まずは昼間の件を謝罪する。本当に申し訳がなかった」
「あ、はい……。もう気にしていませんから頭を上げてください」
「ありがとう。姉上に関してのことゆえに、あの時はつい我を失ってしまってな。姉上は僕にとって唯一の血が繋がった家族であり、親代わりのような存在。万が一のことがあってはならなくて……」
「お義姉様はお体が弱いそうですね。ご本人がおっしゃってました。リカルド様が心配なさるのも分かります」
「僕たち一般的な者にとってはすぐに軽快する病でも、姉上には命に関わる重い症状が出る。以前にそういうことがあって、それ以降は接触する人間を絞ることにしたのだ。ちなみに出入りの許可はスピーナたちにも出しているが、僕の意を汲んでみんな自粛してくれている」
その話から察すると、現時点でお義姉様と常に顔を合わせているのは実質的にルーシーさんだけなのかもしれない。
お義姉様は寂しいだろうけど、みんなの気遣いも知っているはずだから我慢しているんだろうな。もちろん、スピーナさんやジョセフさん、ナイルさんも寂しい気持ちを抱いているのは同じだろうけど。
お互いに相手のことを想う、優しさゆえの寂しさ。切ないな……。
「だから当家に来て日が浅いシャロンやポプラには、念には念を押してもうしばらく様子を見てから紹介するつもりだった」
「その状況で不意に私がお義姉様と会ってしまったから、取り乱したということなんですね。そうでしたか……。事情を何も知らず、私も軽率なことをしてしまって申し訳がありません」
「いや、僕も事前に説明だけはしておくべきだった。反省しているよ」
「お義姉様を大切に想っていらっしゃって、リカルド様はお優しいです。それにこうして私にきちんと謝罪してくれて、理知的で紳士的でもある。旦那様になる御方がそういう素敵な人物で、私はあらためて安心しました」
「シャロン……」
微笑みながら素直な気持ちを話す私を見て、リカルド様は小さく息を呑む。
「正直、どんな方の元へ嫁入りするのだろうという不安はありました。相手がどうであれ、私には受け入れるという選択肢しかありませんでしたから。でも今はこのご縁があったことに感謝したいです」
「フィルザードという地や貴族暮らしという環境は気にならなかったのか?」
「全くないと言うと嘘になりますけど、なんとかなりそうかなと。何の根拠もないんですけどね」
「前向きだな、シャロンは」
「そうですか? 私としてはこれが普通だと思っていますけど」
「前向きなだけじゃなくて、充分に肝も据わってるよ、キミは……」
リカルド様は呆れ返ったような顔をしながら肩をすくめる。一方でどことなく楽しげな感じもしないでもない。
(つづく……)
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