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第2幕:心を繋ぐ清流の協奏曲(コンチェルト)
第5-1節:仕組まれたワナ!?
しおりを挟む翌朝、私は農作業に出かける前のリカルド様から書類を受け取った。
その内容は風車導入に関する相談を商人ギルドに打診するためのもので、昨夜、彼は自室に戻ったあとに徹夜でそれを仕上げてくれたらしい。
目の下に浮かんだ濃いクマ、疲れの色が見える顔、洗い落とし切れずに残っている手のインクの痕跡などがその奮闘振りを感じさせる。その一方で、照れくさそうに微笑む彼にはどことなく充実感に満ちているような雰囲気もある。
その強い想いを目の当たりにして、私は驚くと同時に感激して胸が一杯になる。
そして受け取った書類を確認したあとは彼との連名でサインをして、ポプラに午前中のうちに商人ギルドのクレストさんへ届けてもらったのだった。
この件については相手側との日程調整が付くまでに、お義姉様やジョセフさんと話を詰めるつもりでいる。
なお、朝食後はいつものように公務や勉強などで時が過ぎていき、気付けばあっという間に深夜を迎える。私はこれから精霊の力を行使し、畑に植えられている薬草を元気にする予定だ。
「リカルド様、遅いなぁ……」
私は今、闇夜に包まれた畑にひとりで佇んでいる。
月明かりが淡く周囲を照らし、聞こえてくるのは吹き抜けるかすかな風の音だけ。ほかに感じられるのは、土の匂いと涼しげな空気くらいだろうか。そうした場所にひとりでずっといれば、どうしても不安と寂しさが増してくる。
――もちろん、本来ならリカルド様と一緒に屋敷を抜け出すはずだった。
ただ、大浴場での入浴後に部屋へ戻るとドアの下にはメモが差し込まれていて、そこには『先に畑へ行って待っていてほしい』という旨が記されていたのだ。どうやら彼には急いで処理しなければならない公務が入ったらしい。
私はその場にしゃがみ込み、握り締めたオカリナに目を落とす。もうこれを演奏して精霊の力を行使してしまおうかとも思うけど、リカルド様との約束があるからそれは踏み留まっている。
…………。
……何か……おかしい。
そうだ、よく考えてみれば違和感がある。精霊の力を行使するのは彼と一緒の時に限定するという約束をしたけど、それは彼が私の身を案じてのことに起因している。そんな彼が私に単独での深夜の外出を促すだろうか?
いくら治安が安定しているとはいえ、モンスターや盗賊、悪漢などが出ないとも限らない。もちろん、私にはそれなりの戦闘能力があるけど、そのことをリカルド様はまだ知らない。
だとすれば、彼なら『部屋で待っていてほしい』と言うのではないだろうか? 部屋で合流してから一緒に畑へ向かう方が理に適っている。
つまりこれはもしかしたら誰かが仕組んだワナ――。
「……っ!?」
不意に私の首元に金属の冷たい感触が広がった。
その瞬間、驚きと恐怖で私は声も出せずにただ目を丸くする。全身がぞくりと震え、思わず鳥肌が立つ。金縛りにあったみたいに指1本すら動かない。
視線をゆっくり横に向けてみると、私の首に突きつけられているのはロングソード。その重量と長さがあれば、持ち主がちょっと力を入れるだけで私の首と胴体は簡単にサヨウナラとなる。
それをあらためて認識し、私はゴクリと唾を呑み込む。
直後、背後で私に対する敵意と殺意が膨れあがる。
「無の境地に至って気配を消せば、相手に気付かれずに接近することくらいは造作もない。見通しの悪いこの暗闇の中ならなおさらだ。もっとも、私にとっては通い慣れた場所ゆえ、目が慣れれば月明かりだけで充分に動き回れるがな」
「その声はまさか……ジョセフさん……っ!?」
「正解だ。深夜にこんな場所で何をしているのかな、シャロン殿?」
ジョセフさんの冷たい声がその場に響いた。そこには腸が煮えたぎっているのを理性でなんとか抑えているといった雰囲気がある。
でもまさか私をワナに嵌めたのがジョセフさんだったなんて……。
「メモで私をこの場所におびき出したのはあなただったのですか?」
「メモ? おびき出す? 何の話だ? 私は屋敷を抜け出す貴様を目撃し、尾行しただけだ」
「えっ?」
私は一瞬、頭の中が混乱した。だって彼の言葉が想定外だったから。肯定でも否定でもなく、そもそも私の質問の意味が通じていない。
…………。
……でもその反応は本当にメモのことを知らないのかもしれない。そもそも質実剛健な彼の性格を考えると、こんな姑息なことをするとは思えない。
そして状況を考えれば、もし単純に『知らない』と否定したとして、それはそれでメモの存在を認識していることになる。それは論理的に考えておかしい。つまりその場合の否定は嘘の可能性が高いということになる。
そうなるとあのメモは誰が……?
(つづく……)
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