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第3幕:重なる想いの交響曲(シンフォニー)
第2-1節:怪しい人影?
しおりを挟む翌朝、朝食前に庭の散歩をしようと玄関ホールへやってきた時、私は思わず目を丸くした。心臓が止まりそうになるくらいドキッとして、未だに動揺したまま収まらない。というのも、そこに見知らぬ人影があったからだ。
ちなみにジョセフの誤解が解けた夜の翌々日から屋敷の外には交代で警備をする兵士さんが配置されているけど、見た感じではそういう雰囲気じゃない。それに彼らは有事でない限り屋敷内には入ってこないことになっている。
だからこそ、なおさら屋敷内に部外者の存在があるのはおかしい。警備の兵士さんたちの目をかいくぐらなければ、この場に来ることは不可能なのだから。
あらためて私は深呼吸をして心を落ち着けると、いつでも護身用のショートソードを抜けるよう身構えながらその人影に近付いていって声をかける。
「あ、あのっ、どちら様でしょうか?」
「ん? なんじゃ、お前さんは? 見かけん顔の娘さんじゃの?」
振り向いたのは隠者のような風体をしたお爺さんだった。
ボサボサの白い髪に顔を覆うような白い髭と眉、さらにくたびれたローブのようなものを身に付けていて、手には木製の杖を持っている。また、腰が曲がっているせいか、身長は私の肩くらいの高さしかない。
ただ、手足の肉付きは細すぎない感じだから、栄養状態は悪くないのかも。
それと私に声をかけられても堂々としている様子から、後ろめたさのある侵入者ということでもなさそうだ。
「私はシャロンと申します。フィルザード家に嫁いできた者です」
「おぉっ! あんたが――いや、お嬢さんがリカルド様の奥方様じゃったか。わしゃ近所に住んどるモーリスというジジイじゃ」
「あの、屋敷の外には警備の兵士さんがいらっしゃったと思うんですが、どうやって中へ?」
「みんな顔馴染みじゃい。ヤツらの両親でさえ赤子の頃から知っておる。お互いにエンシル地区に住んでおるし、何者か分かっておるからすんなり通してくれたわい」
「そ、そうなんですか……」
確かに警備の兵士さんたちは、フィルザード家と親密な付き合いのある領民の中から選んだと聞いている。つまり住んでいる場所も近所なわけで、それなら彼の説明にも納得がいく。嘘を吐いているような感じでもないし。
だからといって、簡単に屋敷内へ通してしまう警備の兵士さんには問題があると思うけど……。
「わしゃ温泉に入らせてもらおうと思って、ここへやってきたんじゃよ。ただ、久しぶりなんで、大浴場の場所をド忘れしてしまってな。それでウロウロと屋敷内を彷徨っていたということじゃ。はっはっは!」
「温泉ならほかの場所でも入れると思うのですが。領内には誰でも自由に利用できる公衆浴場があると聞いています」
「そうなんじゃが、公衆浴場はいつも混んでおるからの。ここの大浴場なら広いしほかに利用者がおらんから、のんびり出来る」
「で、でも勝手に使うのはどうかと……」
「勝手ではないぞ? 先々代のご領主様から自由に使っていいと許可をもらっちょる。それに腰痛の酷い時にしか借りとらんから安心せい」
モーリスさんは懐から手のひら大の古ぼけた木札を取り出し、私に提示した。そこには『大浴場利用許可証』という文字が大きく書かれていて、隅には先々代のご領主様のものと思われるサインもある。
さらに裏返してみるとフィルザード家の紋章が彫られ、その繊細な仕事には息を呑むような美しさが感じられる。もしこれが真っ赤な偽物や偽造品だとすると、手が込み過ぎているような気がする。
――うん、これはモーリスさんを信じてもいいと思う。完全に警戒を緩めるまではいかないけど。
こうして私は心の中でわずかに息を吐き、笑顔で彼の応対をすることにする。
「そうだったんですか。では、私が大浴場までご案内しましょうか?」
「おぉ、気が利くお嬢さんじゃな。それではお言葉に甘えて案内してもらおうかの」
「はいっ!」
私はモーリスさんの手を取り、歩幅やスピードを合わせて歩きながら大浴場へ連れていってあげたのだった。
(つづく……)
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