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第3幕:重なる想いの交響曲(シンフォニー)
第2-4節:本当の役割
しおりを挟むやがてモーリスさんは最後の一口までお茶を飲み干すと、何かを思い出したかのようにハッと息を吐く。
「そうだ! 言い忘れていたが、ワシは今日から屋敷内の見回りを担当することになった。よろしく頼みますぞ、奥方様」
「えっ? そうなんですか?」
「リカルド様からの頼みでな。直々のご指命とあらば断るわけにもいくまいて。まぁ、何かあったら騒げは誰かが駆けつけるだろうし、監視の目さえあれば侵入者への牽制になる。だからこんなジジイでも務まるわけじゃ」
ニタニタと笑い、目配せをしてくるモーリスさん。その活き活きとした空気から、任された仕事に関して張り切っている様子が伝わってくる。きっと頼りにされて嬉しいのだろう。
なるほど、彼は屋敷内のことについては誰よりも詳しそうだから、それは適任かもしれない。侵入者と遭遇した際に襲われてしまうというリスクは確かにあるけど、不意打ちを食らわない限りはその知識と経験を活かして逃げ切れる可能性が高いし。
……そっか、温泉に入りに来たというのは主目的ではなく、あくまでも警備のついでという位置付けだったんだ。もちろん、腰痛を緩和させたいという面も全くないわけじゃないだろうけど。
私は勝手に心の中で納得し、小さく頷く。
「しかもワシは3食昼寝付きという条件だけで見回りを請け負っとるから、警備の兵士ひとり分の給金が浮く。このことは今日の朝食の時にリカルド様から話があるじゃろうて」
「つまりモーリスさんも朝食に同席するということですね?」
「そういうことになる。スピーナちゃんは嫌な顔をしそうだがな、はっはっは! そうそう、あの子も今でこそ常にピリピリしているが、若い頃は失敗ばかりでよく屋敷の裏でベソをかいていたもんじゃ」
「モーリスさんっ! 余計なことを口にするのはおやめくださいっ!」
不意に背後から怒気混じりの激しい声が上がった。耳をつんざくようなその突然の大声に、私は思わず体をビクッと震わせる。
振り向いてみると、そこにいたのは顔を真っ赤にして眉を吊り上げているスピーナさん。しかもいつもは冷静な彼女が唇をワナワナと震わせ、我を失ったように狼狽えている。その目は血走り、鼻息も猛牛のように荒い。
直後、彼女はつかつかと私たちのところへ歩み寄ってきて、モーリスさんを睨み付ける。額には青筋が浮かび、無関係の私でさえも横にいるだけで背筋が寒くなるような恐怖を感じる。
ただ、それに対して当事者であるモーリスさんは全く意に介さずにケタケタと笑っているだけ――。
「噂をすれば影じゃな。まぁまぁそんなに怒るなっ、可愛い顔が台無しじゃよ。ほれ、スピーナちゃんがこの屋敷に来た当時は、毎日のように若い兵士連中から言い寄られるほどの人気振りだったじゃないかっ♪」
「そ、そういうのが余計なことだと申し上げていますッ! それにいつまでも私を新入りのように扱うのはご遠慮願います!!」
「はいはい、分かっとる。ところで、スピーナちゃんは今日からワシが屋敷内の見回りをすることを知っておるか?」
「……はい。先ほどルーシーを通じて、シーファ様からそのことを知らされました。聞き違いや戯れであれば、どれほど良かったことか」
「そうか、そういうわけだからこれからしばらく頼むぞ。ワシの分の食事も忘れず用意するようにな」
「っっっ、分かっています!」
スピーナさんは苦々しそうな顔をして言い捨てた。普段なら屋敷の陰の実力者みたいな存在感を漂わせているのに、モーリスさんの前だとその姿はすっかり鳴りを潜めてしまっている。
私はその様子を見て、誰にでも弱点はあるものなんだなとしみじみ思うのだった。
(つづく……)
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