103 / 178
第5幕:分水嶺の奏鳴曲(ソナタ)
第2-3節:挑発ポプラと激怒モーリス
しおりを挟むその後、私たちはモーリスさんが住んでいるであろう家へと移動した。そしてドアを強く叩いてから私は『こんにちはー!』と声を張り上げる。
するとわずかな間が開いてから彼の返事が聞こえてくる。
「奥方様たちかっ? 今は手が離せん! ドアの鍵は開いとるから勝手に入ってくれ!」
どうやら彼は何かの作業をしているらしい。耳を澄ませてみると、確かに奥の方からかすかに何かの物音が聞こえる。もちろん、それだけでは何をしているのか見当もつかないけど。
私たちは顔を見合わせて頷くと、まずはナイルさんがドアを開けて中に入り、それに続いて私、最後にポプラという順番で歩を進めた。
――そこは薄暗い空間だった。
窓のカーテンが全て閉められているということもあり、ランプの淡くも温かな黄色の光が周囲を照らしている。また、若草のような鮮烈で心の落ち着く香りが周囲の空気を満たしている。
「はわぁ……いい香りなのです。それに室内は意外に綺麗なのです」
「こらっ、ポプラ! 『意外に』は余計じゃわい。ワシは気付いた時に少しずつコツコツと整理整頓や掃除をしておるからな。大ごとになる前に手を打っておく――そういう性格なんじゃよ」
ポプラの呟きに対し、奥の作業台で手を動かしていたモーリスさんが強い口調で不満を漏らした。
よく見ると彼はすり鉢で何かの葉を磨り潰しているようだ。また、それとは別にキッチンの炉には鉄瓶が載せられ、何かを煎じている様子も窺える。室内に広がる香りの元はそれらなのだろう。
「モーリスさんは何をなさっていたんですか? 見た感じ、調薬のようですが」
「その通り。ワシは回復薬を作っていたんじゃ」
「えっ? どこか怪我でもなさったんですかッ?」
私が目を丸くしながらモーリスさんに問いかけると、彼は大笑いしてから首を横に振る。
「いやいや、ワシはどこも怪我をしておらんよ。これはバトルバードに使う薬じゃ。奥方様たちは家の外にある小屋にバトルバードがいるのを見たじゃろう?」
「あ、はい。確かに見ましたが……」
「今朝、エサと水をやった時にあちこち擦り傷や切り傷があるのに気付いてな。それで薬を作ってやっていたワケじゃ」
「あぁ、なるほど。そういうことだったんですね」
「……ちなみに奥方様たちの会話は全て聞こえておったぞ。特に誰かさんはワシに対して『年寄りの冷や水』などと失礼なことを言っていたようだな。のぉ、ポプラ?」
モーリスさんは声にトゲを含ませ、鋭い眼光をチラリとポプラに向けた。
それに対してポプラは体をビクッと震わせると、素早く私の後ろに半身を隠してヘラヘラと薄笑いを浮かべる。
「き、聞き間違いではないのですかぁ? モモモ、モーリスさんっ、お年のせいできっと耳までおかしくなったのです!」
「……ほぉ? この期に及んで挑発してくるとは、いい度胸をしておるのぉ? ますますワシを怒らせたいようじゃな? よしよし、年長者に対する気遣いを知らぬそのオツムにゲンコツをくれてやる。こっちに来い」
「行くわけがないのですぅっ!」
「では、特別にワシから歩み寄ってやろう。奥方様とナイルはポプラの腕を掴んで抑えておいてくれんか。――決して逃がさんようになッ!」
「ごめんなさいなのですーっ!」
ポプラは身を縮めて豆粒のように小さくなり、私の背中に完全に隠れてプルプルと震えていた。
そんな彼女のところへ、頭から湯気を立てつつ目を三角にしてにじり寄ってくるモーリスさん。その迫力と威圧感は凄まじく、周囲の空気はその激しい怒りによって『ゴゴゴゴゴッ!!』と振動しているかのような錯覚さえ覚える。
確かにモーリスさんが怒るのは分かるし、今回はポプラが悪いと思う。ただ、反応を見る限り、彼女もわざとやったわけではないはず。
だから私はすかさず両手を前に突き出し、冷静になるよう促しながら仲裁に入る。
「ま、まぁまぁ、モーリスさん! ポプラも反省しているようですし、どうか許してあげてください。お願いします。私からも謝りますので。――ごめんなさい!」
「……う、うぬぅ。奥方様に頭まで下げられては、矛を納めんわけにはいかんではないか。仕方ない、今回は奥方様の顔を立てて勘弁してやろう」
「ありがとうございます、モーリスさん。ところでバトルバードですけど、怪我をしたなんて仲間同士でケンカでもしたんでしょうか?」
「その可能性もあるだろうが、傷を見た感じでは別の生物と一悶着でもあったんじゃろう。バトルバードはモンスターの中でも中位レベルの強さはあるが、それでも外へ出る以上は何者かに襲われるリスクはある」
「ということは、彼らはずっと小屋の中にいるというわけではないんですね?」
その私の問いかけに、モーリスさんは静かに頷く。
「小屋の出入りは自由になっておる。だからヤツらは気晴らしに出かけたり、空を飛び回りに行ったりしておるよ。ワシは基本的に自身の意思に任せる主義だからの」
「へぇ、そうなんですね。でも外へ行ってもきちんと小屋に戻ってくるんですね?」
「たまに出かけたまま行方不明になるヤツもいるがな。天敵に捕食されたか、あるいは戻れなくなるようなアクシデントがあったか。気ままな旅に出たのかもしれん。でも忘れた頃にしれっと戻ってきていて、目を丸くすることもある」
「ふふっ、興味深い行動をする個体もいるんですね」
バトルバードの意外な生態を知り、私はなんだか面白いなぁと感じた。書物で読んだ限りだと、もっと凶暴で手に余るモンスターかと思っていたのに。実際、彼らと対峙して大怪我をした人もたくさんいるのは事実みたいだし。
もちろん個体差もあるんだろうけど、気まぐれで人間臭い部分もあるのだなぁと私の中で彼らに対する認識が大きく変わった瞬間だった。
(つづく……)
11
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ウッカリ死んだズボラ大魔導士は転生したので、遺した弟子に謝りたい
藤谷 要
恋愛
十六歳の庶民の女の子ミーナ。年頃にもかかわらず家事スキルが壊滅的で浮いた話が全くなかったが、突然大魔導士だった前世の記憶が突然よみがえった。
現世でも資質があったから、同じ道を目指すことにした。前世での弟子——マルクも探したかったから。師匠として最低だったから、彼に会って謝りたかった。死んでから三十年経っていたけど、同じ魔導士ならばきっと探しやすいだろうと考えていた。
魔導士になるために魔導学校の入学試験を受け、無事に合格できた。ところが、校長室に呼び出されて試験結果について問い質され、そこで弟子と再会したけど、彼はミーナが師匠だと信じてくれなかった。
「私のところに彼女の生まれ変わりが来たのは、君で二十五人目です」
なんですってー!?
魔導士最強だけどズボラで不器用なミーナと、彼女に対して恋愛的な期待感ゼロだけど絶対逃す気がないから外堀をひたすら埋めていく弟子マルクのラブコメです。
※全12万字くらいの作品です。
※誤字脱字報告ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる