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第5幕:分水嶺の奏鳴曲(ソナタ)
第2-5節:フィルザードの要
しおりを挟む私はまたひとつ大事なことを学ばせてもらった。
年配の方々は多くの経験を積んでいるからこそ辿り着いた真理を持っている。それは世代を超えて受け継いでいける財産だ。私もいつか後世のために何かを残せたらいいな……。
「ワシはずっとフィルザード家を見てきたが、代々のご領主様は自らを律し、領民のために働いてきた。領主と領民がお互いにお互いを尊重してきた。ワシはこの地のそういうところが好きだし、だからこそこの地のために働きたいと強く思っておる」
「私もモーリスさんの意見に同意します。そして私もフィルザード家やフィルザードの地のためなら、この命を惜しみません」
「いや、今や奥方様はフィルザードの要となりつつある。だからこそ奥方様は自らの命を大切にな。命を惜しまないというその意思だけ忘れずにいればいい。むしろ奥方様を失うことこそ、フィルザードの未来に暗雲が立ちこめるような気がする」
「わ、私が要にっ!? そ、そんなの大袈裟ですよ……」
私は恐縮し、当惑してしまった。
だってフィルザードの中心にいるのは領主であるリカルドであって、妻である私はあくまでも彼をサポートする立場に過ぎない。また、ジョセフやナイルさんのように彼を支えている人は私以外にもたくさんいる。
モーリスさんは私を買い被りすぎだ。リップサービスにも程がある。そんなオロオロとする私を見て、彼は柔らかく微笑んでいる。
「――というわけでな、ワシが奥方様をここに呼んだのは少しそれと関係のあることになるかもしれん」
「どういうことですか?」
「最近、奥方様はあまり顔色が良くないとリカルド様から相談を受けてな。きっと疲労が溜まっているのだろうとのことじゃった。そこで慢性的な疲労の回復に繋がる薬を奥方様のために用意したんじゃ」
そう言うとモーリスさんは棚に置いてあった小瓶を手に取り、それを私の前に差し出した。中には深い緑色の液体が入っていて、瓶の内側に付いた雫から察すると少し粘性もあるような感じがする。
ニオイはフタを開けてみないと分からないけど、なんだか青臭そう。
それを見たポプラは思わず顔をしかめ、吐き気を抑えるかのように口元を手で押さえて呟く。
「……そんな得体の知れないものをシャロン様に飲ませるのは抵抗があるのです」
「得体の知れないものとは心外な! リカルド様に許可はもらっておる。それでも納得がいかんのなら、お前が毒味でもすればいいじゃろう。たっぷりあるでな、特別に苦味の強い状態のまま飲ませてやる。その無礼な性格が少しは治るかもしれんしな」
「じょ、冗談なのです。怒らないでほしいのです。あはははは……」
またしてもポプラは私の後ろに隠れてしまった。その様子を見てナイルさんは苦笑し、呆れ返ったかのように大きく息をつく。
「まったくポプラは懲りないヤツだ。思ったとしても口に出さず、黙っていればいいものを……」
「でもそういう素直なところがポプラらしくて良いじゃないですか。私は好きですよ」
「そうだ、シャロン様。モーリスさんの用意した薬はフィルザードに古くから伝わる薬です。私も体力が過度に低下した時によく服用させていただいています。効果や安全性に関しても王都の有名な薬草師様のお墨付きがありますのでご安心ください」
「そうなんですね。それなら間違いありませんね」
多くの地域ではその風土に根付いた民間療法や伝統薬がある。中には効能に疑問が残るものもあるけど、この薬はしっかりと裏付けがなされているようだ。
もっとも、薬学の進歩によって新たな事実が判明して、それが覆されるという場合もあるけどね……。
そういうことを考えれば回復魔法の方が確実に効くんだろうけど、あれは体への負担が大きいし、慢性的な症状には効きにくいというデメリットもある。だからケースバイケースで使い分けるのが良いんだろうなと思う。
「それではモーリスさん。その薬、ありがたくいただくことにします」
「うむ、湯と蜂蜜を混ぜてやるから少し待っておれ。それだと飲みやすいし、体も温まる。相乗効果で薬の効能もアップするしな。ただ、混ぜてから時間が経つと成分が分解され、相乗効果が期待できなくなってしまうのが難点じゃがな」
「へぇ、そうなんですね。だから混ぜて保存をしていないわけですね」
「まぁな。世の中にはそれぞれ単独では何の効果もなくても、混ぜると反応して大きく性質が変わるものがある。例えば、食べ合わせもその一種と言っていいかもしれん。調薬でもそれを応用しているものが多々あってな、面白いもんじゃ」
「……っ!」
その時、私の全身に電撃が走ったような気がして大きく息を呑んだ。頭の中ではパズルのピースが綺麗に組み上がっていくような感じがする。
(つづく……)
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