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第5幕:分水嶺の奏鳴曲(ソナタ)
第2-6節:眠りの手かがり
しおりを挟む――単独では何の効果もなくても、混ぜると反応して大きく性質が変わるものがある。
もしかしてゴーレム事件の時、みんなが眠った原因はやっぱり睡眠薬だったのではないだろうか? 水の中に含まれていた何かと別の何かが混ざって反応し、睡眠薬としての効果が出るようになったとか。
例えば、カップの内側や揚げ花に①という成分が仕込まれていて、②という成分が含まれている水を飲むとそれらが混ざり合って反応するならあり得ない話じゃない。しかもそれならそれぞれ単独で摂取した場合には何の効果も出ない。
――そっか、もし何かが仕込まれていたとしたら、揚げ花じゃなくてカップの内側だろうな。だってノエルくんは揚げ花を食べていないのに眠ってしまっていたから。
そして水を飲んだリカルドやナイルさんが眠らなかったのは、カップがおそらく使い回されたものだったから。あの時、私は動揺していてカップが未使用のものかどうか確認する余裕もなく、とにかく目に留まったものに水を汲んだような記憶がある。
つまり最初に汲んだ水の方に成分のほとんどが溶け込んで、それゆえにふたりがカップを使った時には睡眠薬としての効果が充分に出なかったんだ。
一方、私も水を飲んだけど何の影響も出なかったのは、成分が仕込まれたタイミングが井戸の水を樽に汲んだあとだということ。どれも状況から辿り着いた推論に過ぎないけど……。
ただ、もしその推論が正しいなら実行犯として有力な人物は限られてくる。
…………。
……まさかね。そもそも『その人物』がそんなことをする理由がない。それになぜ手っ取り早く人を殺せる毒薬ではなく、眠らせるだけの睡眠薬だったのかという謎も残っている。
そんな高度で複雑な薬学の知識があるなら、混ざった時に毒薬になるものを仕込むことだって出来るはずだし。
いずれにしてもまだどれも確証に至ったわけではないから、今は何も言わずに頭の隅に置いておいて様子を見よう。きっと適切な時期が来る……。
「どうした、奥方様? そんなに深刻そうな顔をして」
「あ、いえ……なんでもありません……」
「詳細な配合や製法の説明は省くが、主原料はこれじゃ」
そう言ってモーリスさんが背後にある棚の引き出しから取り出したのは、濃い紫色をしたフカフカの塊だった。質感だけなら綿のようにも見える。
大きさはレモンと同じくらい。ただ、繊維と繊維の間に空間があるからギュッと押しつぶしたら小さくなって、見た目だけは熟したオリーブの実に似ているかもしれない。
「動物の毛か、あるいは綿の一種でしょうか? 少なくとも私は見たことがないものですね……」
「これは高山の断崖絶壁に自生する『コウザンモフゴケ』といってな、薬草師や医師の間では有名な植物じゃ。効能に関しても長い歴史の中で実証されておる。しかも熱を加えると鮮やかな緑色に変化するところは、見ていて面白いぞ」
「あっ、名前だけなら様々な書物で見たことがあります。確か生長速度が遅くて、一年で紙一枚分の厚さしか伸びない貴重なコケだとか。もしかしてモーリスさんがそれを採りにいったんですか?」
「いやいや、腰の悪いワシでは採りに行けんよ。バトルバードに頼んで採ってきてもらったんじゃ。彼らが怪我をしたのもおそらくその際じゃろう」
「あぁ、なるほど! そういうことだったんですね。じゃ、帰り際に私からも彼らにお礼を言っておくことにします」
「ははは、奥方様は律儀じゃな。純粋な心で接すれば、その気持ちもきっと彼らに伝わることじゃろう」
こうして私はモーリスさんが作ってくれた薬をいただいた。そして屋敷へ戻る際には小屋の中を覗いて、バトルバードたちに感謝の意を伝えたのだった。
私の言葉が通じているかは分からないけど、彼らは嬉しそうにしていた気がする。
ちなみに薬の味は数種類の葉物野菜を磨り潰して絞った汁に似ているかな。ただ、蜂蜜のおかげで甘みもあるし、思ったよりも青臭くなくて飲みやすい。これなら幼い子どもでも喜んで飲むんじゃないかな。
見た目が野菜ジュースそのものだから、飲まず嫌いの子もいそうだけど……。
(つづく……)
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