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第5幕:分水嶺の奏鳴曲(ソナタ)
第3-1節:商人ギルドでの会談
しおりを挟む翌日、私は前日に引き続きポプラやナイルさんとともに外出した。
目的地はエンシル地区の中心部にある商人ギルドで、そこを取り仕切るクレストさんと会談をする約束になっている。
以前は彼自身の豪華な屋敷で話をしたけど、この商人ギルドもそれに負けず劣らず外観から内装まで高級感のある佇まい。ただ、こちらは様々な実務を行う場だということで、建物内は居住性よりも機能性が重視されている。
広い玄関ホールや受付、事務室、多数の会議室、商談ブース、応接室、品物の鑑定室、資料室、保管庫などを備え、フィルザード内での商売に関するあらゆる手続きや対応がこの施設だけで出来るとのこと。当然ながら人の出入りも常に激しい。
その中で私たちは重要な顧客や貴族などを相手にする際にだけ使われるという『特別応接室』に通された。
広さはフィルザード家の屋敷にある食堂と同じくらい。壁には大きな風景画が飾られ、戸棚には無数のお酒の瓶やグラスなどが整然と並べられている。個人的にはそうした煌びやかすぎる雰囲気は落ち着かないけどね……。
そして今、私たちは天板に大理石が用いられたテーブルを挟み、クレストさんと向き合う形でソファーに腰掛けている。私の右隣にはナイルさんが座り、左隣にはポプラという位置関係。ソファーは革張りで、適度な弾力があって座り心地もいい。
一方、クレストさんは相変わらず派手な服装で、恰幅の良い体格に穏やかな笑みを浮かべている。また、テーブルの上で組まれた両手の指には、金銀の土台に大粒の宝石が付いたリングが何本も嵌められている。
「シャロン様、わざわざ商人ギルドまでお越しいただき、ありがとうございます。本来ならば私の方からフィルザード家のお屋敷へ出向かなければならないところですが、多忙でどうしてもその時間が取れませんで申し訳がありません」
「いえ、お気になさらず。クレストさんこそ日頃から水路や風車の工事にご尽力いただき、領主であるリカルドに代わって感謝申し上げます」
「私としてもビジネスですから、その点はシャロン様こそお気遣いなく」
「また、私たちの参加する地方会議においては、ヴァーランドとの行き来の際に自費で護衛の冒険者たちを手配していただいたそうで。本当にありがとうございます」
感謝の気持ちを込め、私はあらためて深々と頭を下げた。
するとクレストさんは恐縮しつつ、私に頭を上げるよう慌てて促す。
「いやいや、とんでもないことでございます。いつもお世話になっていることへの御礼だと捉えていただければ。いわゆるサービスですな。まぁ、本音を言えば、私としてもリカルド様やシャロン様に万が一のことがあっては困りますから」
「なるほど、クレストさんの今後のビジネスに影響が出ますものね? 今までの投資が回収できないままになってしまいかねないですし」
「ふふっ、シャロン様は手厳しい……。もちろん、損得抜きで心より心配している気持ちもゼロではありませんぞ?」
「ありがとうございます。では、その意を汲んで、話半分で受け止めておきますっ♪」
「はっはっは! 意を汲んでも話半分とはっ! いやぁ、シャロン様には適いませんな!」
クレストさんは参ったとでも言わんばかりに、大笑いしながら自分の頭頂部を擦っていた。
こうして場の雰囲気は温まって、あくまでも和やか。それを感じ取った私は心の中で自らの気を引き締め、真顔になって彼に話を切り出す。
「――そろそろ本題に入りましょう。風車や水路の工事に関して、クレストさんの方からフィルザード家に対して何かご要望があると聞いていますが?」
「おっしゃる通り。実は工事の進捗状況なのですが、水路の方はむしろ予定よりもスムーズに進んでいると言えます。それはよくご視察なさっているシャロン様自身もご認識のことと存じます」
「そうですね、掘削は順調に進んでいると思います。ゴーレムによって破壊された部分も修復はほぼ終わっていますし、その後はモンスターの襲撃もありませんしね。つまり風車の方で何かがあるわけですか……」
「ご明察です。風車の技術者は当地で設計を終え、少しずつですが建設が始まっています。ただ、資材の搬入状況がよろしくありません。搬入経路の途中にある数か所の関所で、それぞれ足止めを食っているようなのです」
「荷物の検査や関税の徴収などが行われているということですか? でもイリシオン王国に所属する地域であれば、簡素な手続きで通行できるはずですよね?」
そもそも国内にある領地は全て王様の持ち物。各領主は王様から割り当てられた地域の統治を委任されているに過ぎない。もちろん、それは国が発足した当時の話であって、現在は実質的に全権も所有も各領主にあるけど。
ただ、古い法律や取り決め、共通のルールなどは生きているものが多くあるし、今でもそれを根拠として王様による命令が出ることだってある。当然、その場合には各領主は従わなければならない。
そうした取り決めのひとつとして、領主の城や屋敷が建てられている町の一帯以外には基本的に城壁や関所を設けないというものがある。よって貴族や領民の、領地と領地の行き来を過度に妨げないというのは暗黙の了解となっているのだ。
もし何らかの理由で関所が設置された場合でも、いずれかの領主が発行した通行許可書などを持っていれば、そこを通過する際に手間取ることはほとんどない。領主同士の関係がギクシャクしたら何の得もないし、お互い様という面もあるから。
そしてリカルドは念のため、今回の工事に際してフィルザードの商人ギルドに通行許可書を発行している。だからこそ、そんな事態になっているなんて私は信じられなかった。
(つづく……)
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