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第6幕:来るべき日の前奏曲(プレリュード)
第4-8節:ラグナの野心とアリアの悲嘆
しおりを挟むその後、アリアさんはいつになく深刻な表情になって周囲を警戒しながら私に小声で囁く。
「これはあくまでも私の想像の話なのですが、父は私をリカルド様に嫁がせようと考えていたのだと思います。幼い頃から頻繁に交流の機会を設けていたのもそういうこと」
「結果としてリカルドと幼馴染み同士になって、アリアさんは彼に好意を持つことになったわけですもんね」
「まぁ、それが私の幸せを願う親心といった平和的な動機なら良いのですけどね。残念ながら、おそらくそうではありません。その根底には野心があるのではないかと」
「野心……ですか……」
その刺激的で心臓がギュッと縮まるようなフレーズに、私は思わず唾を飲み込む。
それにまさか彼女の口から実父であるラグナ様への批判的な言葉が出るとは思っていなかったから、なおさら驚いてしまう。
「フィルザード家は爵位継承順位筆頭のシーファ様がご病弱ということもあり、リカルド様が爵位をお継ぎになりました。つまりもし私が彼に嫁いで子を成せば、いずれはその子が爵位を継ぐことになります。もちろん、何事もなければという前提ですが」
「そうですね、ほかに近しい血縁者はいないようですし」
「あ、もちろん代を遡れば血縁者はいます。何を隠そう、私もリカルド様とは遠い遠い親戚ですから。この地域の貴族に連なる者なら、どこかで血が繋がっています。それこそ何百年もの間、貴族同士で婚姻が行われてきましたので」
「確かにそうかもしれませんね。むしろ私のように平民の血が入る方が珍しいのかもしれません」
「ただ、貴族であっても傍系ゆえにのちに平民となる場合もあります。私の家もいずれはそうなることでしょう。そしてそれが父の頭にもあるのだと思います」
確かにアリアさんの言う通りだ。本家に跡継ぎが生まれないという事態や他家へ嫁や婿として入るといったことでもない限り、傍系はいつか平民の家となる。もちろん、例外もあるだろうけど。
ちなみに割譲する領地があれば、新たに独立した貴族として立てるという方法もあるにはある。ただ、その場合は王家に届け出をした上で許可をもらわなければならない。当然、その根回しには太い人脈や莫大な賄賂がかかるわけで……。
いずれにしても、傍系の人間が自分の家の行く末を憂うのは何ら不思議なことじゃない。
「なるほど、だからラグナ様はアリアさんをフィルザード家に入れようと……。それならラグナ様は辺境伯の岳父様。さらにいずれは辺境伯のお外祖父様という立場になりますもんね」
「それだけなら……良いのですが……」
「それだけなら? まだ何か気になることでもあるのですか?」
重苦しい空気を漂わせ、ますます深刻そうに思い悩んでいる様子のアリアさんに私は首を傾げながら問いかけた。
だってラグナ様が辺境伯の岳父という安定的な立場を得ようとしていることのほかに、それほど懸念する思惑があるとは考えられなかったから。
アリアさんは私の問いかけに沈黙したままでいる。まるでそれを口にするのを躊躇っているというか、考えるのも嫌だといった印象。ただ、やがて彼女は意を決したように目を見開いて強く言い放つ。
「もし私とリカルド様の間に子が出来たら、野心のある父ならこう考えると思います。――リカルド様が邪魔だ、と」
「っ!?」
「それどころか、その爵位を継いだ子も安全ではありません。父がフィルザード家に入り込んで実権を握ってしまえば、あとはどうにでも出来ます。もしその子に万が一があっても、どこかの貴族から私に新たな婿を迎え入れればいい」
「そんなっ、まさかっ! だってその子はラグナ様にとっても可愛い孫のはずじゃないですか!」
焦燥に駆られ、思わず私は小声ながらも叫んでしまっていた。
私の心臓は大きく脈動を続け、動揺を隠せない。落ち着こうとしてもそれが出来ない。勝手に呼吸が乱れてくる。
そんな私に対し、アリアさんはどこか悲しげに薄く微笑んで呟く。
「……そう思ってくれるならいいんですけどね。だからこれは最悪のケースの話です。父ならやりかねないという想像です。ただ、そうなるんじゃないかって確信みたいなものを感じているんですよ。だって父を一番近くで見てきた、実の娘ですから」
「な……!?」
私は呆然と立ちつくすことしか出来なかった。アリアさんの気持ちを思うと、掛けてあげる言葉が何も出てこない。
(つづく……)
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