距離を取ったら、氷のエースに捕獲された件

米山のら

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番外編

隼ロス ―夏だけに……ホラー増量編―

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結局なんだかんだ言って、一週間もずるずると昌おじさんの宿にお世話になってる。

おじさんのおかげで、液状からどうにかスライムくらいには回復できた。
まだ布団の上でぐったりしてるだけだけど……でも布団の中から出られただけ進歩だよね。

「露天風呂から夜空を見ると心が晴れるぞ」と、おじさんに何度も勧められたけれど、
身体中の隼の残した跡がまだ薄く残ってて、結局一度も行けなかった。

明日はついにおじさんが箱根を発つ日だ。
名古屋にも一緒に行かないかと誘われたけど、俺は家に帰ることにした。

夏の宿題もあるし、受験勉強も……
隼と同じ大学を目指してたけど、それも考え直さないといけない。

そんなことを考えながら箱根をぶらぶらして、
夕方、駅のホームに降り立った。

その時、母ちゃんから電話が。

『直央、隼くんと今いるんでしょ? あの子、朝から駅で待つって聞かなくて……母ちゃんも連絡したし、早く帰ったんでしょ?』

あ……通知見てなかった。

そっか……隼、来てたんだ。

美人セッターと付き合う前に、
俺と区切りつけようとしたのかな……
でも、朝から待ってるわけないよね。

それなら、それでいいのかも。
まだ向き合う勇気なんてないし。

改札を抜けて、恐る恐る周りを見渡す。

隼はいない……

ほっと息をついた――その時。

ひと角だけ、妙に空気が重い場所があった。
禍々しいどす黒い闇が立ちこめて、
人の流れが自然とそこを避けている。

隼……?

いやいや、俺はふるふると首を振った。

隼は時々怖いけど、あんなホラーじゃないもんね。

そう思って歩き出した――その瞬間。

あれ?

周りの人たちが、俺をスッと避けていく。

あれれれれ?

足を止めると、闇がまっすぐ俺に迫ってきていた。

闇の中から、ぬっと手が伸びてきて、俺の腕をがしっと掴む。

「ひっ……!」

闇の奥で、光を失った瞳が俺を射抜く。

だ、だれ!?

よく見ると、目の下にクマをつくった、虚ろな瞳の隼だった。

「隼、何があったの?! こんな、ひどい顔して……」

掴む手にギリギリと力がこもり、
隼が一歩ずつ距離を詰めてくる。

「隼……美人セッターと上手くいってないの?」

近づくたび、闇が俺を飲み込もうと揺らめく。

やばい――この闇、危険だ。
生存本能が警告を鳴らす。

思わず一歩後ずさった。

隼の気配が、一気に重くなった。

「また……逃げるの?」

地の底から響くような低い声。
殺気をまといすぎていて、喉がひゅっとしまった。

その時、あの軽い声が飛んできた。

「黒ちゃーん、ポカリで良かったぁ? 俺はお茶にしたけど~」

……あ、美人セッター。やっぱり別れの挨拶だ。

無理!
まだ向き合えない!!

「離して!!」

思いきり隼の腕を振りほどき、そのまま駆け出した。

駅から逃げて、街を突っ切って、家の近くの公園が見えてきた頃――

「黒ちゃん、待ってよ~」

やば……追いつかれた……?

振り返ると、隼がどす黒いオーラを撒き散らし、目を血走らせて迫ってくる。
その後ろには、やたら軽い空気をまとった美人セッター。

ぎゃあ……!

隼のそれは出刃包丁を持った人喰いのお化け、
獲物を逃さない肉食動物、
異世界なら魔王クラスの――圧倒的な脅威!

俺は命からがら走り続ける。

無理、追いつかれる。
隠れなきゃ……!

公園に飛び込み、影になった渦巻き型の巨大カタツムリ遊具に身を潜めた。

息を殺して足音をやりすごす。

バクバクと心臓がうるさい。
こんなに鳴ってたら、絶対聞こえるって……!

足音が――消えた。

良かった……立ち去っ――

ガシッ!

「ぎゃあああああ!!!」

足首を掴まれ、ずりずりと外へ引きずり出される。

怖い怖い怖い!
俺、殺される?!?!

横では美人セッターがぽかん。

「あれぇ、鼻血くん?」

いやいやいや、ぽかんじゃないから!
生死の境目だから!
助けて?!?!

下半身を持ち上げられ、逃げられない。

隼の声が落ちてきた。

「……なんで逃げた?」

それは お前が怖いからーー!
命が惜しいからーー!

……っていうかさ!!!

なんで俺が追われてんの?!
隼は美人セッターとイチャコラしてればいいでしょ!

怒りが湧き上がってくる。

「もう離して!」

隼が鋭い目で睨み返し、足首をさらに持ち上げる。
俺、宙ぶらりん。

「は……離さないで~!」

隼が挑発するように鼻で笑う。

ムカッ!!
全部お前のせいだろ!

「美人セッターとイチャコラしてればいいでしょ! 俺なんか、もう必要ないくせに!」

ん? と首をかしげる隼。

「……何のこと?」

「もう、下ろして!!」

どさっ。

地面に崩れ落ちた俺の身体。

……地味に痛い。

「直央、大丈夫?」

自分が言ったことだけどさ、
こういう“下ろして”じゃないよね?

痛いし、悔しいし……涙がにじむ。

「直央、また泣いてる?」

……うん、本格的に泣けてきた。

「隼はさ、新しい彼氏ができたんだから、もうほっといてよ……」

隼の眉間に皺。

「直央、さっきから何言ってるの?」

え?
なんで分かんないの?

「いや、だから……隣でニコニコしてる新しい彼氏」

隼が横を見るが、美人セッターを完全スルーして、
視線をさまよわせる。

美人セッターが必死に手を振ってる。

え、もしかして……
俺にしか見えてない……とか?

背中がヒヤッとした。

「ゆ……幽霊?」

夏だけに……?

美人セッターが全力で否定。

「いやいや、違うからぁ! 俺、幽霊じゃないからぁ!」

「もしかして直央……羽虫のこと言ってる?」

え、羽虫?

「あ、苗字が羽虫さん?」

「いやいや! 俺、美桜羅っていう超ハイスペ、キラキラ苗字だから!!」

隼がきょとんとした顔を向けてくる。

「直央、虫は出るよ? 夏だけに」

えっと……そういう夏だけに……?

つぎの瞬間、隼を包んでいた暗い霧がふっと晴れ、
隼の目に光が戻った。

膝をついて、俺の頬を包む。

そのまま、顔が近づいてきて――

え、いやここ、公園だから……!

身を引こうとしても、隼の手が頬をがっちり固定してて、逃げられないまま――

ちゅっ……と、かすめるみたいなキスが落ちた。

「虫にまで嫉妬する直央……可愛い」

ゴンッ!!

見ると、美人セッターがカタツムリ遊具に盛大に頭をぶつけていた。

……痛そう。

「虫……俺、羽虫……」

ふらふら去っていく美人セッター。

「じゃ、仲直りしに帰ろうか」

にこり――目が笑ってない。

あ、やば。
……なんか嫌な予感。

「と、とりあえず一度家に――」

そーっと後ずさる俺。

「連絡入れておいた。週末うちに泊まるって」

……はい?

「じゃ、行こっか」

ヒョイっと俵担ぎ。

「待って、とりあえず一度――!」

「直央が連絡絶って一週間。その一週間分――取り戻そう?」

……えっと、何を?!?!


***


ぁああああ!!
もうイってるからーーー!!
そんな体位ムリ―――!!
一度休ませてーー!!
三日で一週間分とか鬼畜ーーー!!

隼の家に着いた瞬間から、俺が週末ぶっ通しで叫び続けたことは……
もう、察してほしい。

ベッドから抜け出そうと這い出れば、
足首を掴まれて容赦なく引きずり戻され――

快楽……
地獄……

そして俺は悟り直した。

恋愛って……命懸けだってことを。
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