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サリーナ
しおりを挟むその朝、色町で呑み客相手に会話を暖める水商売の世界で、この街一番の人気のホステス、サリーナはまだ頭のどこかに残っているアルコールのもたらす酔いを覚まそうと部屋の窓を開けた。
春先、東向きで建物の四階にある彼女の部屋は王都をぐるりと取り囲む城壁に遮られずに、朝日を拝むことが出来る。冷たい朝の空気と新鮮な陽光をその身に浴びて、どうにか一日を元気に過ごせそうだと思ったその時。サリーナはふと、眼下に通る大通りを行こうとする人影を二つ、目にとめていた。
「あん? なんだよ、堅物な王国騎士様とロナウド商会の道楽息子じゃないか。……クレイはどうしたのさ。何時も三バカでつるんでいるくせに……珍しい」
ここ最近は自分の店にも立ち寄らないでどこかに雲隠れしていると思い、サリーナは内心、機嫌が悪かった。クレイは上得意だし、金がない金がないと言う割にはその剣の腕で何かしら稼いで来ては、真っ先に店に来てくれていたからだ。貴族だというのに偉ぶったところもないし、他の常連客のように無理矢理、身体の関係を迫ってきたこともない。酔いつぶれて暴れることもないし、むしろ店が終わってからこのアパートの入り口まで送ってもらったことも何度もある。上がれと誘っても自分にはなびこうとしない……その割にアーセルの娼館にはたまにいるという噂も流れてくる。そろそろ、自分のことをどう思っているのかはっきりさせたいところだった。
「ふーん? なんだろ……」
上から見ただけではあの二人のことがわからない。どうもどこかで酔いつぶれて起きた後に家に戻ろうとしている感じだが、クレイがいないのが気になる。
声を上げて周囲から見られるのも嫌なので、手すりに干していたタオルでも投げつけてやろうかと思った時、彼はやってきた。
この色町の警備を取り仕切る役人、ランダースだった。
三人は何やらひそひそと話をしていて、でもそれは上からは丸わかりだ。
「あーもう、めんどくさいね!」
タオルを手にすると、丸めてぎゅっと搾り上げ、ボールみたいにしてランダースたちの足元をめがけて放り投げてやる。
それは運悪く狙いが外れて不幸な王国騎士の頭を直撃したが……。
「っいて!? なんだよ!?」
バルッサムがいきなりぶつけられたそれを足元から取り上げて空を見上げると、そこには目を丸くして困ったように笑うサリーナがいた。
「あらー……しまった。バルッサムの旦那に当たっちゃった……」
「サリーナ? おーい、なんだよこれは!?」
「旦那―、ごめーん」
そんな謝罪の声が上から降って来るが、見上げた三人の男たちは目にしたそれをどういう意味だと理解できずに首をかしげてしまう。
サリーナがちょっとうちまで上がってこいと、手招きしていたからだった。
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