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期待
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「放たれましたか?」
「少しばかり」
「どうでした?」
「……期待は薄いかもしれません」
「そうですか」
本当ならこんな辺境の村に神殿騎士が数人、それも騎馬をともなった騎馬兵がここにいることがおかしい。
ライラの魔法は皮肉にも、自分たちが装着している魔封じの鎧により、その効果を見いだせないでいる。
村人たちから聞き出せた心の声の風。
そう精霊王たちが呼ぶ思念の波は、どこまでも薄く、消えゆく揺らぎの様でどうにもとらえどころがなかった。
「音は?」
「確実に伝わるかと」
「さすが、狼は耳が良い」
「この場では嬉しくない評価です、リー騎士長」
「つまり、迎えは手厚いようになってしまった。そういうことですか」
「多分」
教会に待つのはこの村の管理者だけではない、もう数人。それも上級騎士や神官長の職位にある者が来ているはず。
それがいい方向に繋がればいいけど……。
ディアスと長老の心には安堵の安らぎに似た感情しかなかった。
アレンの弟子だという少女には使命を達成しようとする心が、長老にはようやくライラが戻ってきてくれたという感情がそれぞれにあり――。
「今年は雪竜が多いそうですな」
「……? それが何か?」
「病、飢え、凍死。そういったものは貧しさから生まれでるものです。時には同胞を殺してでも食いつなぐことが求められる。極限下におかれた者は……手段を選んでいられないものです。死者が甦るほどの奇跡でもあれば救われるのですが」
「蘇生、ということですか?」
「そうですね。しかし、その時間は短いかもしれない」
歩きながらの小声も、蒼狼族の村人たちには普通にしゃべっているように聞こえているだろう。
隠語を含みながらの会話は理解するのに骨が折れた。
ライラは言葉を選びながら、傍らに追従するつかず離れずのディアスがどことなく気になっていた。
弟子を取るくらいに強さを示したアレン。
彼は何を思って、この場に彼女をよこしたのだろうかと。
「短い春もすぐに終わりますよ、リー騎士長。ここは北の果てですから」
「冬が来る前には退散したい。もしくはその猛威から身を守れるだけのたくわえが欲しいですなあ……。しばらく酒も口にしていない。知っていますか?」
「何をでしょうか?」
「酒は百薬の長。酒飲みにとっては生命の水と呼んでもいいほどの存在だということをですよ」
「たしなみ程度には飲みますが、我を忘れたことはありません、ね」
つまり、自分の――聖女としての任期が終わるまであと少し。その期間を監視するために彼らはいるのではないか。リー騎士長は後ろからついてくる騎馬兵をそう揶揄していた。
「安息を得るまでの護り手、とは考えにくいですか?」
「それならば主のおられる場で祈ることを優先するでしょう。二つの祈りは要らないとそういう意思かもしれませんな」
「二つの祈り……そうですか。先に何かが走っていたとは思いますが、どう思いますか?」
「この雰囲気がどうにも春先。いや、夏場の斜陽のようでいて、そうでなく真冬の凍てつく寒波を思い出させますな。この土地に長居するにはまだ冬支度が必要かもしれません」
「そう、ですか……」
つまり村に自分が戻ることを伝えたはずの伝令は――もう生きてはいない可能性がある。
そうリー騎士長は言いたいようだった。
確かに、全体を覆うなごんだ空気は良いものの、その心の内を知ろうと魔法で探査すればそれは温かい空気に触れたような、そんなあいまいな感覚しか教えてくれなかった。
おまけに期待して戻って来てみれば……こればかりは自分が勝手に思い込んでいるのもあるが、アレンは来ずにその弟子、しかも女で自分よりも若く、美しいと思える存在。
そして、心の扱い方、魔法の扱い方も知っている――ディアスの存在が、なぜかチクチクとライラの心を軽くそれでいて辛辣に刺して鈍い痛みをじくじくと感じさせる。
「逃げ場がない、ですね……」
「聖女様、何か?」
「いいえ、ディアス。何でもないの。アレンはどこにいますか?」
「師匠ですか? 師であれば教会にてライラ様をお待ちになられておりますが」
「教会で待っている? それは何故?」
「何故、と言われましても……それが聖女様の御意思だからと伺っております」
「アレンから?」
「はい、そのように」
「そう……。私の意思、ね」
まさか、結婚式を挙げましょう。
そんな夢のような現実が待っているはずがない。
よくてあれだろう。ライラはそう辺りをつけていた。
この十年近い時間を彼には捧げさせた。その報いを自分は受けなければならない。
待っているのは多分、誓いを途中で破ったことに対する断罪だろう。
そうでなければ主である水の精霊王があの川べりで何かを伝えてくれたはず。
利己的に生きる女には相応しい末路かもしれない。
「リー騎士長」
「何か?」
「最後は綺麗に。そうしましょう」
「……かしこまりました」
彼は何かびっくりしたような顔をして、それからライラの意思を受け取ったように静かにうなづいていた。
「少しばかり」
「どうでした?」
「……期待は薄いかもしれません」
「そうですか」
本当ならこんな辺境の村に神殿騎士が数人、それも騎馬をともなった騎馬兵がここにいることがおかしい。
ライラの魔法は皮肉にも、自分たちが装着している魔封じの鎧により、その効果を見いだせないでいる。
村人たちから聞き出せた心の声の風。
そう精霊王たちが呼ぶ思念の波は、どこまでも薄く、消えゆく揺らぎの様でどうにもとらえどころがなかった。
「音は?」
「確実に伝わるかと」
「さすが、狼は耳が良い」
「この場では嬉しくない評価です、リー騎士長」
「つまり、迎えは手厚いようになってしまった。そういうことですか」
「多分」
教会に待つのはこの村の管理者だけではない、もう数人。それも上級騎士や神官長の職位にある者が来ているはず。
それがいい方向に繋がればいいけど……。
ディアスと長老の心には安堵の安らぎに似た感情しかなかった。
アレンの弟子だという少女には使命を達成しようとする心が、長老にはようやくライラが戻ってきてくれたという感情がそれぞれにあり――。
「今年は雪竜が多いそうですな」
「……? それが何か?」
「病、飢え、凍死。そういったものは貧しさから生まれでるものです。時には同胞を殺してでも食いつなぐことが求められる。極限下におかれた者は……手段を選んでいられないものです。死者が甦るほどの奇跡でもあれば救われるのですが」
「蘇生、ということですか?」
「そうですね。しかし、その時間は短いかもしれない」
歩きながらの小声も、蒼狼族の村人たちには普通にしゃべっているように聞こえているだろう。
隠語を含みながらの会話は理解するのに骨が折れた。
ライラは言葉を選びながら、傍らに追従するつかず離れずのディアスがどことなく気になっていた。
弟子を取るくらいに強さを示したアレン。
彼は何を思って、この場に彼女をよこしたのだろうかと。
「短い春もすぐに終わりますよ、リー騎士長。ここは北の果てですから」
「冬が来る前には退散したい。もしくはその猛威から身を守れるだけのたくわえが欲しいですなあ……。しばらく酒も口にしていない。知っていますか?」
「何をでしょうか?」
「酒は百薬の長。酒飲みにとっては生命の水と呼んでもいいほどの存在だということをですよ」
「たしなみ程度には飲みますが、我を忘れたことはありません、ね」
つまり、自分の――聖女としての任期が終わるまであと少し。その期間を監視するために彼らはいるのではないか。リー騎士長は後ろからついてくる騎馬兵をそう揶揄していた。
「安息を得るまでの護り手、とは考えにくいですか?」
「それならば主のおられる場で祈ることを優先するでしょう。二つの祈りは要らないとそういう意思かもしれませんな」
「二つの祈り……そうですか。先に何かが走っていたとは思いますが、どう思いますか?」
「この雰囲気がどうにも春先。いや、夏場の斜陽のようでいて、そうでなく真冬の凍てつく寒波を思い出させますな。この土地に長居するにはまだ冬支度が必要かもしれません」
「そう、ですか……」
つまり村に自分が戻ることを伝えたはずの伝令は――もう生きてはいない可能性がある。
そうリー騎士長は言いたいようだった。
確かに、全体を覆うなごんだ空気は良いものの、その心の内を知ろうと魔法で探査すればそれは温かい空気に触れたような、そんなあいまいな感覚しか教えてくれなかった。
おまけに期待して戻って来てみれば……こればかりは自分が勝手に思い込んでいるのもあるが、アレンは来ずにその弟子、しかも女で自分よりも若く、美しいと思える存在。
そして、心の扱い方、魔法の扱い方も知っている――ディアスの存在が、なぜかチクチクとライラの心を軽くそれでいて辛辣に刺して鈍い痛みをじくじくと感じさせる。
「逃げ場がない、ですね……」
「聖女様、何か?」
「いいえ、ディアス。何でもないの。アレンはどこにいますか?」
「師匠ですか? 師であれば教会にてライラ様をお待ちになられておりますが」
「教会で待っている? それは何故?」
「何故、と言われましても……それが聖女様の御意思だからと伺っております」
「アレンから?」
「はい、そのように」
「そう……。私の意思、ね」
まさか、結婚式を挙げましょう。
そんな夢のような現実が待っているはずがない。
よくてあれだろう。ライラはそう辺りをつけていた。
この十年近い時間を彼には捧げさせた。その報いを自分は受けなければならない。
待っているのは多分、誓いを途中で破ったことに対する断罪だろう。
そうでなければ主である水の精霊王があの川べりで何かを伝えてくれたはず。
利己的に生きる女には相応しい末路かもしれない。
「リー騎士長」
「何か?」
「最後は綺麗に。そうしましょう」
「……かしこまりました」
彼は何かびっくりしたような顔をして、それからライラの意思を受け取ったように静かにうなづいていた。
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