現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央

文字の大きさ
17 / 34

新たな危機

しおりを挟む
 これは驚きました。
 そう言いたいのをぐっと喉元におさめて、ライラは教会で待っていた相手を上から下までじっと見降ろしてみた。
 とはいえ、相手は祭壇の上にいてライラとリー騎士長、それに村人やディアスなどは説法を聞くためにしつらえられている、横に数列、後方にその倍の列が並ぶ長椅子と長椅子の間。
 数段下がった広間にいるから、彼を見上げるといったほうが正しい。

「なかなか、遅い到着でしたな、聖女様」

 彼はそう言い、神殿騎士でも騎士長クラスのものしかつけることを許されない、リー騎士長とはまた違った銀色の胸当てに横一文字の朱色の線が三本引かれたものを着用していた。

「朱色の一本は神殿本部勤務、二本は城塞都市の管理勤務、三本は……神殿直轄地の守護と決まっていますが。これはどういうことでしょか、グラント……騎士長?」
「お待ちしていましたよ、聖女様。ああ、騎士長ではなく、グラント守護卿となりますな」

 二十歳の金髪の青年は、自分はいまは貴方の上司だ。
 さもそう言いたそうな顔をして、そこに立っていた。
 壇上にいるのは三人。グラント守護卿、元々この教会の管理を任されていた神官、そして――。

「そう、守護卿とはまた分不相応な地位を手にしましたね。神殿大学を出た者の中では、異例の出世だわ。ああ、皆様、どうぞ、席にお座りになってください。いつまでも立つのは辛いでしょうから」
「そうだな。足が棒になりそうだよ」

 ディアスがお前、と睨む相手は一人の細身の蒼狼族の若者。
 全身が真っ青と言ってもいい彼は、まだら模様が多いこの村の若者にしては目立っていた。

「イブリース。言葉が過ぎるぞ!?」
「ディアス、良いの。イブリース? 知らない名前ね」
「……アレンの、師匠の弟です。聖女様は村を出られてからすぐに生まれた――純血かもしれないと言われています。その分、態度も大きい……」

 純血、ね。
 確かに、蒼狼族の伝え聞くままの純粋な色模様をしている。
 だからイブリース、か。蒼狼族の救世主たる英雄の名前だ。

「後にしましょう。グラント守護卿、貴方も降りてきなさいな」

 ライラは神殿では大神官と同格の聖女。
 神殿の序列で言えば、はるかに足元にいるはずのグラントごときに見下ろされる覚えはなかった。

「これは手厳しい。貴方の席を温めていたのですよ、どうぞ」
「……温めるって立っていただけじゃない。無作法な……」

 入れ替わりになるようにライラがグラントと階段ですれ違った時にそんな嫌味を言うと、彼は炎がこもったような視線でこちらを激しくねめつけるように見てから、ふいっと顔をそらして降りていく。
 ライラが壇上に立ち、長年この村、アルフライラを守ってくれた神官、ゼフトに黙礼をすると、最後に壇上にいた青年は身じろぎ一つしないまま、沈黙の中で彼女を迎えていた。

「聖女様、お会いできて光栄です。このような一地方のさびれた教会の主が貴方様に、お目にかかれる機会など生涯あるかないか」
「大変、ご苦労でした。ゼフト神官。かなうならば、その力が及ぶ限りライラを助けていただければと思います」

 それはもちろんです、とゼフト神官はそう言い、しかし、どこか不安そうな目をして視線でライラに合図をする。
 彼の左眼がふと見たのはやはりグラント守護卿かと思いきや、後ろに控えているはずの幼馴染アレンだと思われる男性だった。

「今年の雪竜の被害は甚大になりましょう。それはこの北のアルフライラも同じ。グラント守護卿はその加勢に、と。お越しになられたようです」
「そう、ありがとうございます、ゼフト神官。雪竜退治など愚かなことはなりませんよ、グラント守護卿?」

 早く会話を後ろの男性に振りたいのに。
 どうも彼には何か危険があるとゼフト神官は伝えたいらしい。しかし、アレンであればそんな危険な存在になるはずもなく――情報が少なすぎた。
 時間稼ぎをするべきかと、ライラは村人たちに話を振ってみる。

「みな、ご苦労様でした。ここには村人一同が? 村長?」
「あーいえ……朝早く野良仕事に出ている者もおりますし、家で火元を管理している女たちももちろん。危険ですので、子供には外では遊ばないようにと……」
「危険? この村は魔族との国境線に近いものの、精霊王様の別なる結界が張られているはず……」

 王国全体を守るべき結界とは別のものがもう一つ。
 ライラの故郷ということで、精霊王が施した結界があったはずだ。
 それに――大神官や代々の聖女にしか伝えられていないが、この村の水源近くには水の精霊王の神殿への、いくつかある入り口も存在する。
 危険の意味がライラには理解できない。

「何ですか、危険、とは……?」
「それは……」

 村長が言い淀み、グラント守護卿がひそやかに微笑んだ時。
 
「獣人狩りだよ、ライラ」

 黄金色に輝く麦帆のような力強い声に、かすかな威厳と新しい命を育むものを見守るような大地の優しさを備えたあの懐かしい声が、ライラを思わず振り向かせていた。
 彼は間違いない。そう、あのアレンだとライラは確信した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

幸せじゃないのは聖女が祈りを怠けたせい? でしたら、本当に怠けてみますね

柚木ゆず
恋愛
『最近俺達に不幸が多いのは、お前が祈りを怠けているからだ』  王太子レオンとその家族によって理不尽に疑われ、沢山の暴言を吐かれた上で監視をつけられてしまった聖女エリーナ。そんなエリーナとレオン達の人生は、この出来事を切っ掛けに一変することになるのでした――

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。

蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。 しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。 自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。 そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。 一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。 ※カクヨムさまにも掲載しています。

処理中です...