現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央

文字の大きさ
18 / 34

仲間

しおりを挟む
 村人たちの間から、悲し気な嗚咽が幾筋の上がる。
 なぜ自分たちをそのように扱うのか。これまで奴隷のように扱われながらも、じっと数百年。我慢し、王国に仕えて来たのにと、溜めていた嘆きの声がそこかしこから漏れ出てくる。
 耐えて来たのだろう。ライラが知らないこの十年の間にも、あったのかもしれない。
 その都度、自分が聖女だからと声をあげなかったのか、それとも迫害され続けた結果なのか。 
 ライラにはわからない。

「獣人狩り? 王国ではそのような無法は禁止しているはず。いつから起こったの……アレン……」
「三年前からだ。覚えていたのか?」
「三年前? しかし、その時はこの土地は……」

 ええ、覚えていましたよ。約束を忘れたことなんて一度もない。
 貴方に再会するために生きて来たのだから、貴方の存在が私を支えてくれたのだから。
 そして、故郷の存在が。
 しかし、いまはまだその思いを告げる場ではないらしい。

「そうか。なら、ライラ。いや、聖女様。あなたの判断は間違っていたということになるな」
「情報が少なすぎます。誰がどういった意図で獣人狩りを行っているのか。まずはそれを知らなくてはいけません。何より、この集まりはなぜ? 私の戻りを祝ってくれているというのではなさそう。そこまで特別な存在だと思っては無いけど……」
「思ってるだろ? それでも逃げ足が早いのだけは昔から変わらないけどな」
「何……?」

 話が嚙み合わない。出てくる話が多すぎる。
 出会い頭に提案されて困ることはこれまで、幾度となく経験してきた。
 王国との折衝、各地方や結界の外にもある、精霊王を奉じる国々との政治的なものまで。

「今度は故郷を売ってまで生き延びるつもりか、ライラ?」

 でも、この発言は恣意的だ。
 あまりにも偏り過ぎている。
 そう、まるで自分を悪と決めつけて断罪しようとしたあの、王太子のように。
 こういう場に立たされた人間の行きつく先はたった一つ。
 牢屋だ。

「正しい意志はここに生きていますか?」
「正しいかどうかは知らない。だが、ライラに対する怒りなら。みんな持ってるよ」
「そう……怒り、ね。それは貴方もなの、アレン?」

 アレンが自分を見据えていた。
 まっすぐなその顔は、その瞳は、その悪戯好きな横顔すらも――彼は幼い記憶のままでただ一人のライラが受け入れたいと思った男性、そのままだった。

「さあ? だが、アルフライラの華はまだ散る気はないようだ」
「華?」

 そう言っている間にも、神殿騎士たちが教会の入り口を固めたと報告に入って来る。
 ライラがここに来る道すがら、飛ばして来た水の精霊たちがはるかな上空から、教会の周囲から、村に張られている結界から。
 そのすべてを通じて少なくとも、数百人。
 一個中隊、五十から二百人規模の騎士と兵士がこの村を囲んでいるという報告も――ライラとリー騎士長には随時届いていた。

「それを散らさないようにするために、私をここに呼んだと、そういうこと? アレン?」
「長老が決めるさ」

 アレンは後ろを指さした。
 下段に座る彼はそれを受けて、静かに首を振る。
 その仕草の意図が分からない。ただ、リー騎士長は心を通じてライラに伝えていた。
 逃げるべきだ、と。

「聖女様。華の役割はもう終わったかと。残るは新しい種をまくことにあります」
「長老……」

 ウロブはしわが多くなったその頬で優しく肩をに手をおくような雰囲気でライラに語り掛けていた。
 逃げろ、そういう意味なのか。
 それとも村の為にここで死んでくれ、そういう意味なのか。 
 いや何よりもこうなっている理由すらわからない。
 
「グラント守護卿。報告を」

 この中で唯一、第三者的な立場であるのがグラントだということがライラには皮肉に感じていた。
 あの日、クレドの執務室で最後に会話をした時とは、まるで人が変わったような部下の青年は問われて不満そうな顔をする。
 それは、王太子がして見せたような特権を得た人間独特の、不遜な顔つきだった。

「報告はありません、聖女ライラ」
「無い? それなのに貴方は私を上司の職位で呼ぶの?」
「聖女は永久栄誉職ですから。その意味ではつけなければ失礼に当たります。しかし、上司ではありません。王都を許可なく逃亡した罪により、神殿内での権限はすべて――はく奪されております。今の貴方は単なる逃亡犯だ。そう、リー騎士長。貴方もです」
「逃亡? ――大神官様は!? クレドの部下たちは!?」

 言われて咄嗟に口を突いて出たのはその言葉だった。
 呼応するように村人たちとアレン・ディアス両名の重たい溜息が、ライラをがんじがらめにしてしまう。
 故郷はどうでもいいのか、そんな思いがそこには存在していた。

「まずは御自身の安全では……? 他人の心配も大したものですが、慈愛も――まあ、いいでしょう。神殿本部は王都よりその機能をクレドに移しました。同時に、王国内の各支部・教会に至るまで神殿騎士が臨戦態勢に。敵は魔族でも異教徒でもなく、王国の一部ですよ。まったく……どうして逃げたのですか、ライラ」
「王国の一部、とは?」
「王太子とその一派、連なる貴族たちと近衛騎士。そんなとこです。大神官様は王太子妃を新たな聖女に認可することは許可しましたが、これまで貴方の名義だった神殿の資産の返却を王太子に要求。婚約破棄をしたのはあちらですから、これは正当な権利です。しかし、聖女の任期を全うしなかったことについて、王太子派の元老議員から申し立てがあり……神殿に対して現聖女ライラへの全権限の凍結を要求。これには従わなければならなかったようですね」

 貴方はリー騎士長と二人、のんびりとこの村への恋の逃避行をしていたわけだ。
 その嫌味とも思える一言が発せられた時、ライラは後ろで木材が軋み、折れたような激しい音を耳にする。
 振り返ると、そこにいたのは教壇の木材の一部を素手で握りつぶしたアレンの静かに怒れる蒼狼の姿だった。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。

蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。 しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。 自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。 そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。 一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。 ※カクヨムさまにも掲載しています。

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

実は私が国を守っていたと知ってましたか? 知らない? それなら終わりです

サイコちゃん
恋愛
ノアは平民のため、地位の高い聖女候補達にいじめられていた。しかしノアは自分自身が聖女であることをすでに知っており、この国の運命は彼女の手に握られていた。ある時、ノアは聖女候補達が王子と関係を持っている場面を見てしまい、悲惨な暴行を受けそうになる。しかもその場にいた王子は見て見ぬ振りをした。その瞬間、ノアは国を捨てる決断をする――

幸せじゃないのは聖女が祈りを怠けたせい? でしたら、本当に怠けてみますね

柚木ゆず
恋愛
『最近俺達に不幸が多いのは、お前が祈りを怠けているからだ』  王太子レオンとその家族によって理不尽に疑われ、沢山の暴言を吐かれた上で監視をつけられてしまった聖女エリーナ。そんなエリーナとレオン達の人生は、この出来事を切っ掛けに一変することになるのでした――

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

聖女を騙った罪で追放されそうなので、聖女の真の力を教えて差し上げます

香木陽灯
恋愛
公爵令嬢フローラ・クレマンは、首筋に聖女の証である薔薇の痣がある。それを知っているのは、家族と親友のミシェルだけ。 どうして自分なのか、やりたい人がやれば良いのにと、何度思ったことか。だからミシェルに相談したの。 「私は聖女になりたくてたまらないのに!」 ミシェルに言われたあの日から、私とミシェルの二人で一人の聖女として生きてきた。 けれど、私と第一王子の婚約が決まってからミシェルとは連絡が取れなくなってしまった。 ミシェル、大丈夫かしら?私が力を使わないと、彼女は聖女として振る舞えないのに…… なんて心配していたのに。 「フローラ・クレマン!聖女の名を騙った罪で、貴様を国外追放に処す。いくら貴様が僕の婚約者だったからと言って、許すわけにはいかない。我が国の聖女は、ミシェルただ一人だ」 第一王子とミシェルに、偽の聖女を騙った罪で断罪させそうになってしまった。 本気で私を追放したいのね……でしたら私も本気を出しましょう。聖女の真の力を教えて差し上げます。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

処理中です...