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懐かしの君
しおりを挟む誰しも、他人には見せない一面がある。
アレンとライラもそうだ。
あの時間、あの告白、そしてあの約束……彼にずっとそれを背負わせてきたことを、ライラはずっと悔やんできた。
それをいま言うべきなのかしら?
目の前の幼馴染の彼は、懐かしい記憶の中の君のようで――とても分かりやすいわよ、アレン。
ライラはそう思うと、アレンへの一歩を歩み出す。青年は青い尾をすこしだけ膨らませて威嚇のような意思を示していた。
「アレン……ごめんなさい、村人をたくさん救ってくれたのね。私は何もしないまま、貴方たちに迷惑ばかりをかけていたのね。みんな、ごめんなさい」
「俺は――」
そう言いかけて、アレンはふいっと黒い前髪を揺らしてライラから顔を背けてしまう。
怒りとやるせなさと、ついさっきまでここにいた神殿騎士たちを追い払ったライラの行動に驚きを隠せない。そんな彼は何を思ったか目を反らしたままだった。
「師匠!」
「っ……うるさいぞ、ディアス」
見かねたディアスがそう声をかけるが黙っていろ、と一瞥されて彼女は口を閉ざした。せっかく戻ってこられたのに、と弟子は小さく不満をこぼすと申し訳なさそうにライラを見て頭を下げた。
「謝らせて欲しいの。名ばかりの聖女でごめんなさい。最も大事な家族たちを省みなかったことを悔いています。アレン……村のみんな。許して欲しいの」
「ライラよ」
謝罪を受け入れたのか、しゃがれた声がライラを席の方へと向かせた。
「なんでしょう、長老」
「家族が助けを求めたいなら、既におまえに連絡をしたとは思わないか。アレンの活躍でさらわれた者たちは救われた。しかし、ライラに恨みを持つかと言われたらわしらの意見は別れるだろうな」
「だから、グラント守護卿の意見を受け入れた、と?」
ライラの辛辣な一言にウロブは顔をしかめてみせた。
それを言うな、と自分たちの判断と村民の意見をまとめられなかったことを悔いているようにもライラには見えた。
とはいえ、村のまとめ役は彼だけでなく、村長もいれば神官もいて拉致被害者を取り戻した功労者のアレンもいる。
その誰もがライラに変わらない希望と信頼をおいてきた。
そんな都合のいいことは、過去の三年間の事例から考えたらありえないだろうと聖女は思ってしまう。
それこそ価値観の押し付けであって権力者の思考そのものだ。
自分は聖女として、聖女の悲しい運命を繰り返さないことを一番にして生きて来た。
その状況を変えるために槍を持ち、魔族とも戦ってきた。故郷をかえりみて尽くすようなことをしたのか、お前は? なんて問われたら、首を横に振るしかできない。
「しかし、彼は去っただろう。我々もそれに安堵しておる」
「去らせましたけど、何も変わっていませんよ、長老。まだまだ王太子殿下による拉致は続くでしょう。それを誰かが止めなければ……アレンもそのことは理解しているはず」
そうなのか、とウロブはアレンを見やる。
彼はまだだろうな、と事態は一端の鎮静化を下にすぎないことを認めた。
「まだ……続くのか。ライラが戻ったあとでも、そうなのか――」
「長老、それでも私が結界を別に張るなり、いまある精霊王様の結界を少しばかり変更すれば部外者は侵入できないでしょうけど。でも、それをすれば今度は完全に外界と隔絶されます。村はこれ以上ないくらい貧困になるでしょうし。この王国に住んでいる親類やその他の縁者たち、友人知人とも連絡が取れなくなる。それでもいいですか」
「いや、ライラ。それは困るぞ。誰も望んでいない未来が訪れてしまう。ただでさえ貧しいというのに、これ以上の貧困は村の存続そのものを左右する話になってしまうではないか」
確かに逃げ戻ったのは私だけど。
精霊王様との約束を半ば破るようにして実家に舞い戻ったのは私だけど。
アレンとの思い出に期待して、それを胸に抱いて都合よく帰郷したのも私だけど。
それら全てを抜きにしても、あんな外見だけを立派にした中身のないグラントなんかのいうことを信じる村人も村人よ、とライラは心のどこかで不満を漏らす。
自分だってこの十年で獣人と言われ蔑まれて生きて来たけど、そこに負けないように蒼狼族としての誇りを捨てないようにやってきたのだ。
聖女だからといって、何もかも自分に押し付けるような物の言い方をしなくてもいいじゃない。
王宮や神殿でいた時には見せなかった年相応の少女になっているなと思いながら、ライラは家族はいいものねと帰郷できたことに感謝の念を持ち始めていた。
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