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真実と告白
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バルドたちの不満を受け、それでもアレンは引くことを知らなかった。
水の精霊王に仕える二人の聖人。
片方は生まれ育った故郷に尽くし、もう片方は悲しい聖女たちの運命を終わらせるためにその身を投げ出して王国に尽くしてきた。
しかしどちらが公共の利益のため、たくさんの仲間の為に尽くしたかといえば、それはもちろんアレンだった。
あくまで村人にとっての評価という意味でだったが。
「この奥にもう一つ部屋があるんだ、付き合ってくれないか」
「あなたに従うわ」
この素直過ぎる聖女の返答を受けて、村人たちは少しだけ怒りを収めることができた。
彼らにとってライラの帰還は、嬉しくもありバルドが述べたように、王国からも神殿からも彼女は追われている。
そんな、罪人のようなそんな印象を与えたからだ。
村に対して貢献してくれたアレンの指示にライラが素直に従うことは、村人たちにとっても擬似的に彼女が自分達に対して従っている。
そんな奇妙な納得のできる満足感を与えたからだった。
「神官、あんたの使っている部屋の一つを借りるよ」
「あ、いや……それは構わないが――」
「なんだい? 何か問題でも隠し事でもあるのかい」
「いやそうじゃないよアレン。ただあの部屋たちは造りが古い。聞き耳を立てればどこからでも会話が聞こえてくる。この村の住人なら私たち人間よりもよほど耳がいい。秘密を語るには相応しくない部屋だ」
「そんなことか。大丈夫だよ、聞きたい奴は聞けばいい」
「……そうか、そう思っているなら自由に使ってくれ」
「すまない」
時間はかけないよ。
アレンはゼフト神官に感謝の言葉を述べると少し離れた場所にいるライラに手を差し伸べた。
もしその手を取るとしたら彼の腕に、その温かみにほぼ十年ぶりに触れることになる。
そう思うと、なぜか気恥ずかしくてライラは素直にその手を取ることができない。
「お先に――どうぞ……」
「まいったな、そんなに信頼のない仲になっちまったか」
ポツリと寂しげに言うと、黒髪の青年はライラを先導して教会の奥へと姿を消した。
壇上の左奥。
いつもなら神父が寝起きする幾つかの部屋のその一つ。
来客用にしつらえられた簡素な応接セットが並べられた、年季の入ったその部屋はこれまで数百年にわたり、この村の神官たちが利用してきた歴史を物語っていた。
古めかしい杉の香り埃っぽさを伴って室内に停滞する。
ムッとするむせ返るようなその緑の香りを受けて、先に部屋に入ったアレンは「ちょっと待ってろ」とライラに声をかける。
「ひどい匂いだ。年数の経った材木ってのはこんな香りがするんだな。人間にはいい香りかもしれないが俺達、獣人にはちょっときつい。窓を開けるからそこでちょっと待っていてくれ」
「大、丈夫……。平気、だから……」
「?」
先刻、鮮やかに退治してのけたグラントとかいう騎士とやりあった時とは、打って変わって物静かになったライラを見てアレンは首を傾げた。
まあ、あれだけ村人たちから糾弾されたのだから、意気消沈しても無理はない。
信じていた仲間たちに受け入れてもらえない辛さは、アレンが三年前にいやというほど味わった感覚だった。
それを思い返して青年は無言で先に室内に入り鎧戸を開ける。
うす暗かった室内に取り込まれた日光は手入れをしているようでされていない、うっすらと埃の積もったテーブルやソファーや、絨毯の上に舞うそれらを浮き彫りにしていた。
「ゼフトのやつ、村の若い娘が手伝いに上がっているというのに。滅多に使わないところには気を回さないんだから、まったく仕方のない奴だ」
「あまりこの村に人が訪れることはないの?」
ライラの問いかけに対してアレンは、「ああ、まったくと言っていいほど、ないな」そう答えると、手のひらを中空に掲げ、陽光をそこに集めるようにして不思議な光の球を作り出した。
自分が学んだことのない新しい魔法をそこに見て、ライラは「へえ」と驚きの声を上げる。
それはこの王国にはない技法。
結界の外にあるはずの、見知らぬ術式だった。
光が集まったその手でアレンは応接セットのある空間の上にそれを、さっと拡散させる。
すると不思議なことに、ついさっきまで沈黙していた廃棄物のようだったそれらがぱあッ、と輝くと、まるで命を吹き込まれたかのように生き生きとした感触を放ち始めた。
その空間に満ち満ちていた埃っぽさはどこかに消え去ってしまい、代わりに清浄な空気と心地よい涼やかな一陣の風が室内にあった全ての仄暗さをどこかに追いやってしまった。
「見たことのない魔法ね」
「そうかもしれないな。大陸の西の方で習ったんだ。お前が出て行ってすぐ俺も親と色々と揉めてな……座らないか腰を下ろしても埃の跡がつかないはずだ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
最初、汚さに気付かなかったソファーは丁寧な装丁のされた水牛の革を張った高級なものだった。
ガラスのテーブルは透明さを失って青白くなっているが、こちらも木枠を見ればその年数が見て取れる。
大事にされてきたのだろう。
今の代の神官はその辺りには疎いようだったが……アルフライラの村の時間を感じて、ライラはふっと微笑みを持つことが出来た。
「よかった」
「――えっ?」
「向こうで会ってからあの村人たちがいる礼拝堂出会ってから、ずっと険しい顔をしていたから。今ようやく笑顔を見ることができた」
「……そんなに剣呑な顔をしていたかしら」
「ああ、とても怖い顔をしていたよ。だからみんなお前のことを快く受け入れる事が出来なかったのかもしれない」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいよ、だけどもう少し待ってて欲しかった」
村人たちの前で見せた指導者としての顔が薄らぐと、そこには年相応の――それでも立派に成長した青年の素顔があった。
ライラは、待っていてほしかったという彼の言葉の意味が分からず怪訝な顔をしてしまう。
俺はいつも言葉が足りないな、とアレンは困ったように片手で頭を掻き、付け足すようにライラに思いを告げた。
「子供達を売ったという話だがあれは間違いない事実だ。俺もどこかでそれを支持したし奪い返すこともやった。でもそれはやらなきゃいけないことでもあったんだ」
「どういうことか理解できないわ、アレン」
「この村の結界のさ、欠点があるんだよ」
「……欠点?」
「そう、欠点だ。お前も聞いたんだろ精霊王様から、俺たち一族の秘密を」
「それって――」
多分、初めて精霊王に会った時告げられたあのことだろうとライラは理解して、静かに頷いた。
「私たちはかつて魔族であり魔王の血筋だったって……あれのこと?」
「今となってはとんでもない皮肉だがそのことだよ。精霊王様の結界は俺たちの魔族としての力が幼い頃に発動しないよう、調整されているんだ」
「……つまり私たちは本来の力を出すことができないとそういうの?」
アレンは静かに頷いた。
その真実はライラの知らないことだったけれども、ある意味、この土地で暮らすことに必要な条件だったのかもしれないと聖女は思った。
魔族としての力を捨て、獣人となって大地と共に生きること。
それを数百年昔にこの土地にあってきた祖先が望んだとしたら、精霊王に守られてこの土地に生きる代価をそうやって払ってきたのかもしれないからだ。
「まあ簡単に言えば幼い頃に村から連れ出せば、結界に阻まれることなく本来の力を俺たちは出すことができる。それを俺は身をもって体感したから……子供達やその親には申し訳ないと思ったが王族の無慈悲な暴力に対抗するためには仕方ないかもしれないと思ってやった」
「あなたそんなことをして子供たちが本当に喜ぶとでも思ったの?」
それは受け入れることができない告白だった。
でも、と青年は真っ正面からライラを見据えて発言する。
「最初はみんなお前に期待していた。でもこの十年間何も変わらなかった」
「……」
「だから今は俺たちの事を責めないで欲しい。少なくとも子供達はみんな戻ってきているし、見ただろうイブリースを。あれはもともと青と黒の毛皮をしていた。だが今は真っ青だ。そして戻ってきた子供の多くは俺の話を聞いて納得してくれている。お前に納得してくれとは言わない。理解してくれとも言わない。だがお前が出来なかった事を、俺たちは別の方法で実現するようにしてきたんだ。だから――」
「村人を責めないで欲しい、そういうこと?」
「それもある。だが、もう一つ大事なこともある」
「それは――何?」
あれはちょっと迷って首をかしげて少しだけ戸惑いながらどんな言葉で伝えるべきかと考えあぐねた末、ようやくその思いを口に出した。
「もう少しだけ待っていて欲しかった。お前のことを忘れた日はない、お前のことだけを俺はずっと考えていた。死ぬ前に――お前の命が尽きる前に、あんな王太子なんかの側室になる前に。俺はライラ、お前のことを迎えに行くつもりでいたんだ」
「アレン……ッ」
突然、明かされた村の真実と理解してくれと言われて理解しきれない狂気の選択と、心の底から欲しかった幼馴染の告白はそれまでずっと押さえ込んできた彼に対する愛しい想いを、聖女の心の底で爆発させてしまう。
ライラは何も答えることができずただ両目から大粒の涙を流して嗚咽と共に泣き出したのだった。
水の精霊王に仕える二人の聖人。
片方は生まれ育った故郷に尽くし、もう片方は悲しい聖女たちの運命を終わらせるためにその身を投げ出して王国に尽くしてきた。
しかしどちらが公共の利益のため、たくさんの仲間の為に尽くしたかといえば、それはもちろんアレンだった。
あくまで村人にとっての評価という意味でだったが。
「この奥にもう一つ部屋があるんだ、付き合ってくれないか」
「あなたに従うわ」
この素直過ぎる聖女の返答を受けて、村人たちは少しだけ怒りを収めることができた。
彼らにとってライラの帰還は、嬉しくもありバルドが述べたように、王国からも神殿からも彼女は追われている。
そんな、罪人のようなそんな印象を与えたからだ。
村に対して貢献してくれたアレンの指示にライラが素直に従うことは、村人たちにとっても擬似的に彼女が自分達に対して従っている。
そんな奇妙な納得のできる満足感を与えたからだった。
「神官、あんたの使っている部屋の一つを借りるよ」
「あ、いや……それは構わないが――」
「なんだい? 何か問題でも隠し事でもあるのかい」
「いやそうじゃないよアレン。ただあの部屋たちは造りが古い。聞き耳を立てればどこからでも会話が聞こえてくる。この村の住人なら私たち人間よりもよほど耳がいい。秘密を語るには相応しくない部屋だ」
「そんなことか。大丈夫だよ、聞きたい奴は聞けばいい」
「……そうか、そう思っているなら自由に使ってくれ」
「すまない」
時間はかけないよ。
アレンはゼフト神官に感謝の言葉を述べると少し離れた場所にいるライラに手を差し伸べた。
もしその手を取るとしたら彼の腕に、その温かみにほぼ十年ぶりに触れることになる。
そう思うと、なぜか気恥ずかしくてライラは素直にその手を取ることができない。
「お先に――どうぞ……」
「まいったな、そんなに信頼のない仲になっちまったか」
ポツリと寂しげに言うと、黒髪の青年はライラを先導して教会の奥へと姿を消した。
壇上の左奥。
いつもなら神父が寝起きする幾つかの部屋のその一つ。
来客用にしつらえられた簡素な応接セットが並べられた、年季の入ったその部屋はこれまで数百年にわたり、この村の神官たちが利用してきた歴史を物語っていた。
古めかしい杉の香り埃っぽさを伴って室内に停滞する。
ムッとするむせ返るようなその緑の香りを受けて、先に部屋に入ったアレンは「ちょっと待ってろ」とライラに声をかける。
「ひどい匂いだ。年数の経った材木ってのはこんな香りがするんだな。人間にはいい香りかもしれないが俺達、獣人にはちょっときつい。窓を開けるからそこでちょっと待っていてくれ」
「大、丈夫……。平気、だから……」
「?」
先刻、鮮やかに退治してのけたグラントとかいう騎士とやりあった時とは、打って変わって物静かになったライラを見てアレンは首を傾げた。
まあ、あれだけ村人たちから糾弾されたのだから、意気消沈しても無理はない。
信じていた仲間たちに受け入れてもらえない辛さは、アレンが三年前にいやというほど味わった感覚だった。
それを思い返して青年は無言で先に室内に入り鎧戸を開ける。
うす暗かった室内に取り込まれた日光は手入れをしているようでされていない、うっすらと埃の積もったテーブルやソファーや、絨毯の上に舞うそれらを浮き彫りにしていた。
「ゼフトのやつ、村の若い娘が手伝いに上がっているというのに。滅多に使わないところには気を回さないんだから、まったく仕方のない奴だ」
「あまりこの村に人が訪れることはないの?」
ライラの問いかけに対してアレンは、「ああ、まったくと言っていいほど、ないな」そう答えると、手のひらを中空に掲げ、陽光をそこに集めるようにして不思議な光の球を作り出した。
自分が学んだことのない新しい魔法をそこに見て、ライラは「へえ」と驚きの声を上げる。
それはこの王国にはない技法。
結界の外にあるはずの、見知らぬ術式だった。
光が集まったその手でアレンは応接セットのある空間の上にそれを、さっと拡散させる。
すると不思議なことに、ついさっきまで沈黙していた廃棄物のようだったそれらがぱあッ、と輝くと、まるで命を吹き込まれたかのように生き生きとした感触を放ち始めた。
その空間に満ち満ちていた埃っぽさはどこかに消え去ってしまい、代わりに清浄な空気と心地よい涼やかな一陣の風が室内にあった全ての仄暗さをどこかに追いやってしまった。
「見たことのない魔法ね」
「そうかもしれないな。大陸の西の方で習ったんだ。お前が出て行ってすぐ俺も親と色々と揉めてな……座らないか腰を下ろしても埃の跡がつかないはずだ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
最初、汚さに気付かなかったソファーは丁寧な装丁のされた水牛の革を張った高級なものだった。
ガラスのテーブルは透明さを失って青白くなっているが、こちらも木枠を見ればその年数が見て取れる。
大事にされてきたのだろう。
今の代の神官はその辺りには疎いようだったが……アルフライラの村の時間を感じて、ライラはふっと微笑みを持つことが出来た。
「よかった」
「――えっ?」
「向こうで会ってからあの村人たちがいる礼拝堂出会ってから、ずっと険しい顔をしていたから。今ようやく笑顔を見ることができた」
「……そんなに剣呑な顔をしていたかしら」
「ああ、とても怖い顔をしていたよ。だからみんなお前のことを快く受け入れる事が出来なかったのかもしれない」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいよ、だけどもう少し待ってて欲しかった」
村人たちの前で見せた指導者としての顔が薄らぐと、そこには年相応の――それでも立派に成長した青年の素顔があった。
ライラは、待っていてほしかったという彼の言葉の意味が分からず怪訝な顔をしてしまう。
俺はいつも言葉が足りないな、とアレンは困ったように片手で頭を掻き、付け足すようにライラに思いを告げた。
「子供達を売ったという話だがあれは間違いない事実だ。俺もどこかでそれを支持したし奪い返すこともやった。でもそれはやらなきゃいけないことでもあったんだ」
「どういうことか理解できないわ、アレン」
「この村の結界のさ、欠点があるんだよ」
「……欠点?」
「そう、欠点だ。お前も聞いたんだろ精霊王様から、俺たち一族の秘密を」
「それって――」
多分、初めて精霊王に会った時告げられたあのことだろうとライラは理解して、静かに頷いた。
「私たちはかつて魔族であり魔王の血筋だったって……あれのこと?」
「今となってはとんでもない皮肉だがそのことだよ。精霊王様の結界は俺たちの魔族としての力が幼い頃に発動しないよう、調整されているんだ」
「……つまり私たちは本来の力を出すことができないとそういうの?」
アレンは静かに頷いた。
その真実はライラの知らないことだったけれども、ある意味、この土地で暮らすことに必要な条件だったのかもしれないと聖女は思った。
魔族としての力を捨て、獣人となって大地と共に生きること。
それを数百年昔にこの土地にあってきた祖先が望んだとしたら、精霊王に守られてこの土地に生きる代価をそうやって払ってきたのかもしれないからだ。
「まあ簡単に言えば幼い頃に村から連れ出せば、結界に阻まれることなく本来の力を俺たちは出すことができる。それを俺は身をもって体感したから……子供達やその親には申し訳ないと思ったが王族の無慈悲な暴力に対抗するためには仕方ないかもしれないと思ってやった」
「あなたそんなことをして子供たちが本当に喜ぶとでも思ったの?」
それは受け入れることができない告白だった。
でも、と青年は真っ正面からライラを見据えて発言する。
「最初はみんなお前に期待していた。でもこの十年間何も変わらなかった」
「……」
「だから今は俺たちの事を責めないで欲しい。少なくとも子供達はみんな戻ってきているし、見ただろうイブリースを。あれはもともと青と黒の毛皮をしていた。だが今は真っ青だ。そして戻ってきた子供の多くは俺の話を聞いて納得してくれている。お前に納得してくれとは言わない。理解してくれとも言わない。だがお前が出来なかった事を、俺たちは別の方法で実現するようにしてきたんだ。だから――」
「村人を責めないで欲しい、そういうこと?」
「それもある。だが、もう一つ大事なこともある」
「それは――何?」
あれはちょっと迷って首をかしげて少しだけ戸惑いながらどんな言葉で伝えるべきかと考えあぐねた末、ようやくその思いを口に出した。
「もう少しだけ待っていて欲しかった。お前のことを忘れた日はない、お前のことだけを俺はずっと考えていた。死ぬ前に――お前の命が尽きる前に、あんな王太子なんかの側室になる前に。俺はライラ、お前のことを迎えに行くつもりでいたんだ」
「アレン……ッ」
突然、明かされた村の真実と理解してくれと言われて理解しきれない狂気の選択と、心の底から欲しかった幼馴染の告白はそれまでずっと押さえ込んできた彼に対する愛しい想いを、聖女の心の底で爆発させてしまう。
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