現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央

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もう一人の聖人

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 「教えてくださいゼフト神官。この村で、三年前から何が変わったのですか?」

 ライラは、自分と同じ精霊王に仕える神官にそっと問いかけた。
 三年前から何かが変わったはずなのだ。
 この村にそれまで当たり前のように行われていた奴隷売買が拒絶される、もしくは商品として売られた村人を買い戻すようなそんな新たな財源のようなものが与えられたのかもしれなかったからだ。

 ライラの胸にはとある可能性が見えていた。
  それはもしかしたら違うかもしれないけれども、彼――アレンが村から出て行きそして戻ってきた。その日を境にしてアルフライラの村は変わったのかもしれないと思い始めていた。

「聖女様、変わったことはたったひとつだけです。それは彼があなたと同じ主のもとでその使命により生きてきたということです。」
「ゼフト神官。それでは意味が分からないわ。 アレンが私と同じ主を持つということをなぜ、あなたたちが知っているの?」 
「それは簡単なことです」

 神官は、この村の住民ならば誰でも知っていることです、とそうライラに告げた。 

「聖女様あなたが村を出て、神殿に奉仕するようになった後、アレンもまたこの村を出て研鑽する場所を、精霊王様により与えられたのです。最も当人はそうは思っていないようですか」
「新たな己を研鑽する場所ですか……。それはつまり彼も精霊王様に認められたとそういうことですね。 では、三年前に何が起きたかを教えていただけませんか」

 ライラはそう言うと、神官や村長や、ウロブ長老も含めた村の一同を見渡した。
 どうやら奴隷売買だけではないらしい。アレンがこの村に、自分よりも一足先に立ち戻りなにか行動を起こしたことで村は大きく変わったようだった。
 例え、それが以前のような奴隷売買を続けるという建前を継続しながら、裏でそっと変革してきたのだとしても……古郷の村は正しい方向へと歩き始めていたのかもしれない。

「それは聖女様。 あなたとアレンがお話しするべきことではないかと私たちはそう思います」
「ゼフト神官。あなたたちは何も言うことはないのですか? 私に伝えておくべきことは? 子供たちの未来が不安でなりません」
「……子供たちは守るために集めたのです。決して、売るためではありません。そのことは、まぎれもない真実です」
「そう……」

 新刊はちょっとためらいそして何か決意したかのように態度を改めてライラにそう述べた。 村を代表する彼らは神官の言葉にそっと頷いて同意する。 自分たちの行いは正しくはないかもしれないが、それでも村のためを思ってしたことだというそんな意思がありありと、彼らの表情に浮かんでいた。
 それを見てライラはひとり、壇上の奥に立つアレンへと視線を戻す。自分たちから聖女の詰問する目が離れた時、村人の一人がそっとつぶやく言葉がライラの耳に入った。

「……なんなんだよ今更。十年も俺たちを放っておいて、いきなり戻ってきたかと思ったら悪者扱いかよ。聖女様は気楽でいいな……」
「誰だっ!?」

 アレンの誰何の声が飛ぶ。
  そこには自分たちの指導者たる聖女に対して侮辱を働くことは許さないと言うそんな強い意志が込められていた。
 アレンの問いかけを受けて発言をした若者が席を立つ。ライラはもちろん彼の事を知らない。だから、そばにいたディアスにそっと問いかけた。

「 誰ですか?」
「バルドと言います。今広場に集まっている……いいえ、集められている子供達の中に彼の娘がいるんです」
「そうなのね」
「お気になさらないでください、聖女様。ここは師匠が場を収めると思います」
「……私は黙っていることにするわ」

 バルドの言ったことに間違いはなかった。
  自分は十年で死ぬ。しかしその運命をその期限の到来を知っている村人はほとんどいないはずだ 。その事を考えるとライラは今は自分は黙るべきだと納得するしかなかった。 こうやって戻ってきたの事実だし王太子との約束を破ったのは自分自身だ。事情を知らない者に何を言っても、彼らはこう思うだろう。
 聖女様は役目を捨てて、村に逃げ帰ってきたのだ、と。
 そんなことを考えていると、アレンはバルドに向かいこんなことを言い出した。

「おいバルド。お前の長男取り戻したのどこの誰だ?」
「それは……アレン。あんたが俺の息子を取り戻してくれたんだ。そのことは感謝しているよ、でも……」
「感謝しているなら今は黙ってくれないか。 俺がきちんとライラに話をする、文句を言うのはそれからでも遅くないだろう」

 だけど、とバルドは不安そうな声をあげた。

「俺の息子はまだ広場にいる。 聖女様の部下たちに守られているのか、それともまた同じように売られてしまうのか。俺には分からない、いきなり戻ってきた昔の仲間が俺たちを救ってくれるとそう言っても、たとえそれが精霊王様の聖女様のお言葉だとしても。彼女は神殿からも王族からも追われている。そんなふうにしか見えないんだ」

 そうだ、俺にもそう見える。そうよ私にもその見えるわ。
 聖堂のあちこちからライラのことを今一つ信じきれないという村人たちの不安の声が立ち上った。
  何を言っても信じてもらえない。 その虚しさがライラの心を冷たくしようとした時、戻ってきた幼馴染を庇ったのはやはりアレンだった。彼は床板を激しく踏みつけ、不安と苛立ちの声の嵐からライラの心を救い上げた。黒い狼は、村人たちからの怒りと懐疑心に満ちた視線を受けても揺るぐことはない。
 ただ、静かに告げるだけだった。

「みんなどうか聞いて欲しい。 俺はこの三年間、さらわれたり売られていった村人を正しくないやり方をしてでも取り戻してきた。 それはライラと同じように俺が仕える精霊王様の御意思でもあった。だけど今、精霊王様はライラを見捨てていない。 それが俺の伝えることのできるたったひとつの真実だ。 意味がわかるか?」
「じゃあ、なにか。アレンお前は聖女様は俺たちを裏切っていないとそう言いたいのか? あの神殿騎士たちに殺されそうになった後でも、信じろと言うのか?」

 バルドが再び声をあげた。
 アレンはそうだ、と一言告げるとライラに手を差し出す。

「これから俺とライラの二人だけで、別室で話をする。みんな、その間、黙って待っていて欲しい」

 そう言われたら、アレンの貢献してきた偉大さを知っている村人たちは静かにその場に座りなおすしかなかった。

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