現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央

文字の大きさ
25 / 34

真実と告白

しおりを挟む
 バルドたちの不満を受け、それでもアレンは引くことを知らなかった。
 水の精霊王に仕える二人の聖人。
 片方は生まれ育った故郷に尽くし、もう片方は悲しい聖女たちの運命を終わらせるためにその身を投げ出して王国に尽くしてきた。
 しかしどちらが公共の利益のため、たくさんの仲間の為に尽くしたかといえば、それはもちろんアレンだった。
 あくまで村人にとっての評価という意味でだったが。

「この奥にもう一つ部屋があるんだ、付き合ってくれないか」
「あなたに従うわ」

 この素直過ぎる聖女の返答を受けて、村人たちは少しだけ怒りを収めることができた。
 彼らにとってライラの帰還は、嬉しくもありバルドが述べたように、王国からも神殿からも彼女は追われている。
 そんな、罪人のようなそんな印象を与えたからだ。
 村に対して貢献してくれたアレンの指示にライラが素直に従うことは、村人たちにとっても擬似的に彼女が自分達に対して従っている。
 そんな奇妙な納得のできる満足感を与えたからだった。

「神官、あんたの使っている部屋の一つを借りるよ」
「あ、いや……それは構わないが――」
「なんだい? 何か問題でも隠し事でもあるのかい」
「いやそうじゃないよアレン。ただあの部屋たちは造りが古い。聞き耳を立てればどこからでも会話が聞こえてくる。この村の住人なら私たち人間よりもよほど耳がいい。秘密を語るには相応しくない部屋だ」
「そんなことか。大丈夫だよ、聞きたい奴は聞けばいい」
「……そうか、そう思っているなら自由に使ってくれ」
「すまない」

 時間はかけないよ。
 アレンはゼフト神官に感謝の言葉を述べると少し離れた場所にいるライラに手を差し伸べた。
 もしその手を取るとしたら彼の腕に、その温かみにほぼ十年ぶりに触れることになる。
 そう思うと、なぜか気恥ずかしくてライラは素直にその手を取ることができない。

「お先に――どうぞ……」
「まいったな、そんなに信頼のない仲になっちまったか」

 ポツリと寂しげに言うと、黒髪の青年はライラを先導して教会の奥へと姿を消した。
 壇上の左奥。
 いつもなら神父が寝起きする幾つかの部屋のその一つ。
 来客用にしつらえられた簡素な応接セットが並べられた、年季の入ったその部屋はこれまで数百年にわたり、この村の神官たちが利用してきた歴史を物語っていた。
 古めかしい杉の香り埃っぽさを伴って室内に停滞する。
 ムッとするむせ返るようなその緑の香りを受けて、先に部屋に入ったアレンは「ちょっと待ってろ」とライラに声をかける。

「ひどい匂いだ。年数の経った材木ってのはこんな香りがするんだな。人間にはいい香りかもしれないが俺達、獣人にはちょっときつい。窓を開けるからそこでちょっと待っていてくれ」
「大、丈夫……。平気、だから……」
「?」

 先刻、鮮やかに退治してのけたグラントとかいう騎士とやりあった時とは、打って変わって物静かになったライラを見てアレンは首を傾げた。
 まあ、あれだけ村人たちから糾弾されたのだから、意気消沈しても無理はない。
 信じていた仲間たちに受け入れてもらえない辛さは、アレンが三年前にいやというほど味わった感覚だった。
 それを思い返して青年は無言で先に室内に入り鎧戸を開ける。
 うす暗かった室内に取り込まれた日光は手入れをしているようでされていない、うっすらと埃の積もったテーブルやソファーや、絨毯の上に舞うそれらを浮き彫りにしていた。

「ゼフトのやつ、村の若い娘が手伝いに上がっているというのに。滅多に使わないところには気を回さないんだから、まったく仕方のない奴だ」
「あまりこの村に人が訪れることはないの?」

 ライラの問いかけに対してアレンは、「ああ、まったくと言っていいほど、ないな」そう答えると、手のひらを中空に掲げ、陽光をそこに集めるようにして不思議な光の球を作り出した。
 自分が学んだことのない新しい魔法をそこに見て、ライラは「へえ」と驚きの声を上げる。
 それはこの王国にはない技法。
 結界の外にあるはずの、見知らぬ術式だった。
 光が集まったその手でアレンは応接セットのある空間の上にそれを、さっと拡散させる。
 すると不思議なことに、ついさっきまで沈黙していた廃棄物のようだったそれらがぱあッ、と輝くと、まるで命を吹き込まれたかのように生き生きとした感触を放ち始めた。
 その空間に満ち満ちていた埃っぽさはどこかに消え去ってしまい、代わりに清浄な空気と心地よい涼やかな一陣の風が室内にあった全ての仄暗さをどこかに追いやってしまった。

「見たことのない魔法ね」
「そうかもしれないな。大陸の西の方で習ったんだ。お前が出て行ってすぐ俺も親と色々と揉めてな……座らないか腰を下ろしても埃の跡がつかないはずだ」
「ええ、そうさせてもらうわ」

 最初、汚さに気付かなかったソファーは丁寧な装丁のされた水牛の革を張った高級なものだった。
 ガラスのテーブルは透明さを失って青白くなっているが、こちらも木枠を見ればその年数が見て取れる。
 大事にされてきたのだろう。
 今の代の神官はその辺りには疎いようだったが……アルフライラの村の時間を感じて、ライラはふっと微笑みを持つことが出来た。

「よかった」
「――えっ?」
「向こうで会ってからあの村人たちがいる礼拝堂出会ってから、ずっと険しい顔をしていたから。今ようやく笑顔を見ることができた」
「……そんなに剣呑な顔をしていたかしら」
「ああ、とても怖い顔をしていたよ。だからみんなお前のことを快く受け入れる事が出来なかったのかもしれない」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいよ、だけどもう少し待ってて欲しかった」

 村人たちの前で見せた指導者としての顔が薄らぐと、そこには年相応の――それでも立派に成長した青年の素顔があった。
 ライラは、待っていてほしかったという彼の言葉の意味が分からず怪訝な顔をしてしまう。
 俺はいつも言葉が足りないな、とアレンは困ったように片手で頭を掻き、付け足すようにライラに思いを告げた。

「子供達を売ったという話だがあれは間違いない事実だ。俺もどこかでそれを支持したし奪い返すこともやった。でもそれはやらなきゃいけないことでもあったんだ」
「どういうことか理解できないわ、アレン」
「この村の結界のさ、欠点があるんだよ」
「……欠点?」
「そう、欠点だ。お前も聞いたんだろ精霊王様から、俺たち一族の秘密を」
「それって――」

 多分、初めて精霊王に会った時告げられたあのことだろうとライラは理解して、静かに頷いた。

「私たちはかつて魔族であり魔王の血筋だったって……あれのこと?」
「今となってはとんでもない皮肉だがそのことだよ。精霊王様の結界は俺たちの魔族としての力が幼い頃に発動しないよう、調整されているんだ」
「……つまり私たちは本来の力を出すことができないとそういうの?」

 アレンは静かに頷いた。
 その真実はライラの知らないことだったけれども、ある意味、この土地で暮らすことに必要な条件だったのかもしれないと聖女は思った。
 魔族としての力を捨て、獣人となって大地と共に生きること。
 それを数百年昔にこの土地にあってきた祖先が望んだとしたら、精霊王に守られてこの土地に生きる代価をそうやって払ってきたのかもしれないからだ。

「まあ簡単に言えば幼い頃に村から連れ出せば、結界に阻まれることなく本来の力を俺たちは出すことができる。それを俺は身をもって体感したから……子供達やその親には申し訳ないと思ったが王族の無慈悲な暴力に対抗するためには仕方ないかもしれないと思ってやった」
「あなたそんなことをして子供たちが本当に喜ぶとでも思ったの?」

 それは受け入れることができない告白だった。
 でも、と青年は真っ正面からライラを見据えて発言する。

「最初はみんなお前に期待していた。でもこの十年間何も変わらなかった」
「……」
「だから今は俺たちの事を責めないで欲しい。少なくとも子供達はみんな戻ってきているし、見ただろうイブリースを。あれはもともと青と黒の毛皮をしていた。だが今は真っ青だ。そして戻ってきた子供の多くは俺の話を聞いて納得してくれている。お前に納得してくれとは言わない。理解してくれとも言わない。だがお前が出来なかった事を、俺たちは別の方法で実現するようにしてきたんだ。だから――」
「村人を責めないで欲しい、そういうこと?」
「それもある。だが、もう一つ大事なこともある」
「それは――何?」

 あれはちょっと迷って首をかしげて少しだけ戸惑いながらどんな言葉で伝えるべきかと考えあぐねた末、ようやくその思いを口に出した。

「もう少しだけ待っていて欲しかった。お前のことを忘れた日はない、お前のことだけを俺はずっと考えていた。死ぬ前に――お前の命が尽きる前に、あんな王太子なんかの側室になる前に。俺はライラ、お前のことを迎えに行くつもりでいたんだ」
「アレン……ッ」

 突然、明かされた村の真実と理解してくれと言われて理解しきれない狂気の選択と、心の底から欲しかった幼馴染の告白はそれまでずっと押さえ込んできた彼に対する愛しい想いを、聖女の心の底で爆発させてしまう。
 ライラは何も答えることができずただ両目から大粒の涙を流して嗚咽と共に泣き出したのだった。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

夏芽みかん
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。 妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

偽聖女と蔑まれた私、冷酷と噂の氷の公爵様に「見つけ出した、私の運命」と囚われました 〜荒れ果てた領地を力で満たしたら、とろけるほど溺愛されて

放浪人
恋愛
「君は偽物の聖女だ」——その一言で、私、リリアーナの人生は転落した。 持っていたのは「植物を少しだけ元気にする」という地味な力。華やかな治癒魔法を使う本物の聖女イザベラ様の登場で、私は偽物として王都から追放されることになった。 行き場もなく絶望する私の前に現れたのは、「氷の公爵」と人々から恐れられるアレクシス様。 冷たく美しい彼は、なぜか私を自身の領地へ連れて行くと言う。 たどり着いたのは、呪われていると噂されるほど荒れ果てた土地。 でも、私は諦めなかった。私にできる、たった一つの力で、この地を緑で満たしてみせる。 ひたむきに頑張るうち、氷のように冷たかったはずのアレクシス様が、少しずつ私にだけ優しさを見せてくれるように。 「リリアーナ、君は私のものだ」 ——彼の瞳に宿る熱い独占欲に気づいた時、私たちの運命は大きく動き出す。

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

処理中です...