現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央

文字の大きさ
27 / 34

尾は正直に

しおりを挟む
「この三年間の問題は、誰が主導して行なってきたの?」
「泣くか責めるかどっちかにしたらどうなんだ。まったく器用な奴だな」
「ほうっておいてください……」

 ひとつの喜びが確定すると、またもう一つの問題が浮上する。
 これは王宮にいた頃からずっとライラの身の回りに起きていた現象だった。
 いや、もしかしたら誰にでも起きているのかもしれないが。物事の大小を問わないなら――。
 思い返せばこの十年間。安定というものを受けたことがないような気がする。
 心の問題もそうだし、恋愛というか政治的な結婚の問題もそうだし、精霊王様の主命に従ってさまざまなトラブル……自然現象や魔族との戦いもそう。
 もしかしたら自分には生涯、安定なんて言葉はやってこないのではないかとライラは思っていたほどだ。
 だから今回、アレンの本心を確かめることができて嬉しかった嬉しかったけど――素直に受け止めることができないでいた。
 また何か新しい問題が浮上して、ようやく確かめ合ったこの愛が、あっけなく壊れてしまうのではないか。
 そんな危惧が心のどこかにあったからだ。

「……あのな、ライラ」
「何ですか」
「その――な。この場所ではあまり恋愛どうこうっていう話はしない方がいい気がするんだが……」
「は?」

 いや、だからな。と、アレンは親指を立てて背後の壁を指し示す。
 その向こう側にいるのは、村人たち一同だ。
 さぞや、聞き耳を立ててこちらの様子を窺っていることだろう、とライラが理解するのに時間はかからなかった。

「分かるだろう?」
「――ッ……なっ!? あ、貴方――どうして止めてくれないの!」
「止めろって言われても、神官が言ったじゃないか。ここは相応しくないって。ヒミツの話をするには、さ」
「だってだって――、アレンが! 貴方が言い出したのに!」

 二人だけの秘密をみんなに知られてしまった。
 その事実を理解した途端、ライラの真っ青のしっぽ――一族の中でも長毛種で毛のボリュームもなかなかに素晴らしい――それが、爆発するようにブワッ! っと膨らんだ。
 神殿の上位に位置する管理者として、獣人の五体の中で一番感情を現わしやすい尾の感情コントロールには精通しているはずなのに。
 アレンと二人っきりでこの場所にいる限りライラは聖女でもなんでもなく、恋を知る一人の十六歳の少女なのだ。

「おーっ。なかなか立派だな……」

 まるで猫耳族のしっぽみたいな感じだな。
 感情を素直に表現するのって、ライラにしては珍しい。
 そんなことを思いながらアレンは彼女の季節外れのマフラーにでもできそうな立派な尾を見て、にんまりと微笑みながら目を驚きに見開いた。

「なっ……な――ッ!?」
「いや本当に立派だよ間違いない」

 恥ずかしさと羞恥心で気が動転して、とにかく彼から見えないようにしようとライラは慌てて尻尾を神官衣の下に押し込もうとする。
 しかし、自己表現旺盛な彼女の尾はそれを嫌だといい、隙間からどうにかして顔を出そうと励むかのように、なかなかその姿を服の中に収めるのは難しそうだ。
 もうこれ以上ないくらいに頬を紅潮させ、聖女の顔は真っ赤に染まってしまう。
 同じく感情を表しやすいはずの頭の上にちょこんと立った狼の耳は、普段は誇りをもち自己表現も激しく天に向かいそそり立っているのに、この時ばかりは完全に伏せられてしまい、ライラは穴があれば入りたいほどだった。

「くっ、屈辱だわっ……ッ! 話があると言われてきてみたらこんな馬鹿にされるなんて、ありえないわよ!」

 ニマニマと幼馴染の少女が恥じ入る様を鑑賞しつつ、アレンはアレンで面白いおもちゃを与えられた子犬が喜び勇んでしっぽをぶんぶんと振り回すかのように、自分の好奇心を隠しきれないでいる。
 パサパサ、カサカサっという音がして何かと振り向いてみたら、そこにあるのは自己表現旺盛なアレンの青い尾だった。
 長さは自分と変わらない、彼のほうが身長があるぶんだけ、尾もそれなりに長かった。

「屈辱か。まあそれも悪くない」
「何言ってるのよ、貴方だって――それ! 心を抑えきれてないじゃないの。それでも大人なの!?」
「大人かどうかは別にして、お前はそれを言えると思ってるの?」

 自分の尻尾が自己主張することは別にどうでもいいんだよ。
 そんな感じに言い放つアレンに、うーッ! 、と恨めしげな唸り声を上げてライラはそっぽを向く。
 どっちが大人かどうかなんてそんなものこの場所では何の役にも立たなかった。
 だって二人は最後に別れたとき――六歳のあの時のままに互いの時間を止めていたのだから。
 感情表現だって二人きりの時は幼いままになってしまう。
 これはもうどうしようもなかった。

「――主が許されるならばこの場で噛み殺してやりたいぐらい! アレンの馬鹿っ!」
「おいおい、怖いね、まったく……精霊王に仕える聖人の片割れ――聖女ライラがそれじゃなあ……」
「しょうがないじゃない、抑えようと思っても抑えられないんだから……みんなの前に行ったらまた違うと思う」
「なら――二人っきりの時はこんな風になるって事か。これから色々と大変そうだな俺」
「どういう意味よっ!」
「あー……そろそろこの掛け合いやめにしないか」
「あなたが始めたんじゃない。私はいつだって――話を受け入れる覚悟はあるわ……」

 どうしようと心の中で叫びながらライラはそう答えた。
 受け入れる覚悟がある?
 そんなわけないじゃない――覚悟どころか、この場所からさっさと逃げ出したいぐらい。
 ……でもそれは村人たちを裏切ってしまうことになる。

「それなら話は早い」
「待って――」

 早速話し始めようとするアレンを片手で制して、ライラはどうにか抑え込んだ胸のドキドキを感じながら冷静に努めようとして声を上げる。

「? どうした?」
「これから先は私たちの話はやめにしましょう。二人のことは二人きりっになってから……お願いしたいわ」
「分かった。すまなかった、俺も心が早やっていたんだ。悪かったよ――俺たちの話は後にしよう。まずは、そうだな。そうだ、精霊王様がこの十年の間、何を望んでこられたかを話さないとだめだな」
「主の御心……ッて?」
 
 それはライラが知らない、アレンに課せられたもうひとつの物語だった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので、聖女になりました。けど、こんな国の為には働けません。自分の王国を建設します。

ぽっちゃりおっさん
恋愛
 公爵であるアルフォンス家一人息子ボクリアと婚約していた貴族の娘サラ。  しかし公爵から一方的に婚約破棄を告げられる。  屈辱の日々を送っていたサラは、15歳の洗礼を受ける日に【聖女】としての啓示を受けた。  【聖女】としてのスタートを切るが、幸運を祈る相手が、あの憎っくきアルフォンス家であった。  差別主義者のアルフォンス家の為には、祈る気にはなれず、サラは国を飛び出してしまう。  そこでサラが取った決断は?

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

処理中です...