ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」5話

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「ちゃんちゃら」5話


 海斗がその日最初に見た光景は真っ白な天井だった。頭が働かず、とりあえず横目で隣を見ると、空島がくしゃくしゃに顔を歪め、今にも泣きそうな表情でこちらを見ていた。
「せんぱい!海斗せんぱい!!」
 海斗が起きた事に安心したのか、涙が溢れ出ていた。海斗は状況が飲み込めず、数日ぶりに出したかのような掠れた声を出した。
「ここ、どこ?」
「病院っす。」と空島は手で荒々しく涙を拭う。

 海斗は再び天井を見上げ、呆然としていたが、ようやく次の質問が浮かんだので空島に聞いた。
「他のみんなは?」
 まだ泣いているのか、目を擦って少ししゃくり上げながら空島は答えた。彼の目の周りは赤くなっていた。
「みんな、ただの飲み過ぎだろって言って介抱は俺に任せて帰っちゃったっす。」
 まあ、そうだろうなと納得して視線を天井に移す。
「でも、海斗先輩お酒強い方ですし、まだ一杯も飲んでないのにおかしいと俺思って。」と目を潤ませて空島が相手もいないのに一人抗議していた。海斗自身もまさか自分が倒れるとまでは思っていなかったので、自分に呆れながらも空島に向き直り、謝罪した。
「実は、クラブ行く前から具合悪かったんだ。大人しく誘いを断れば良かった。迷惑かけてごめんな。」
 空島は勢い良く被りを振り、なぜか海斗に頭を下げた。
「いえいえ!俺も救急車呼ぶ事しか出来なくてすんません!!本当に無事で良かったっす!」
 その様子を見て海斗は心の底から介抱したのが空島で良かったと思った。他の悪友たちだったらこうはいかないだろう。下手すれば道路で大の字で寝てたかもしれない。

「病院の人たちは体調が良くなったら帰って良いよって言ってたんすけど、動けそうっすか?」
 海斗は天井を凝視した。残念ながら身体は強い倦怠感で全く動く気配が無かった。
「しばらくしたら動けるようになると思うから、空島はもう帰って大丈夫だ。心配かけたな。」
 空島が力無く頷く。
「俺もすぐ帰るから、安心しろよ。」
「いや、君はちょっと待って欲しい。」
 突然、頭の向こうから声が聞こえたので、硬直する。目の前にいる空島を見ると動揺した表情で自分の頭の向こう側を見ている。
 頑張って体を捻って上を見上げると、白衣を着た白髪の初老の男性が立っていた。ネームプレートには南雲という名前の上に第二性科という文字がありありと書かれていた。

「ちょっと、受けて欲しい検査があるから、来てくれるかな?」
 空島が明らかに顔を青ざめているのを見て、海斗は微笑んで「大丈夫だから」と言って空島を病院の外へ送り出した。自動ドアを通ってもまだ不安そうにこちらを何回か振り返る空島に軽く手を振る。その間、海斗の表情は穏やかだったが、実際は心臓が口から出そうなほど緊張していた。
 なんとか身体をゆっくり起こすと、南雲という医師は満面の笑みで海斗を待っていた。

 診察室に入るまで、待合室を横切ったが、そこには多くの夫婦や夫夫で溢れていた。自分のお腹を優しく撫でる男性を海斗はドアを潜る際に一瞥した。他の患者より先に診察室に入るのに罰を悪く感じたが、自分がなぜここに存在しているのか理解出来ないままだった。

 丸い椅子に座るなり、南雲先生は海斗に保険証の提示を促した。その意味もよく分からないまま、海斗は財布から保険証を取り出し、南雲先生にそっと渡した。
 南雲先生は保険証を一瞥し、「あー」とデスクに肘をつきながら声を漏らす。

「君、βじゃないよ。」
 

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