ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」14話

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「ちゃんちゃら」14話


 大地は大学の講義を終えると、大きな屋敷の前で足踏みをしていた。大きな屋敷というのは、自分の実家なのだが、普段なんとも思っていなかった屋敷が、今は大地にはとてつもなく大きく見える。
 気が進まないながらも玄関を通ると、案の定、一人の男がこちらに顔を出した。
「大原。」
 背の高い初老の男は、この間の海外出張で手に入れた記録を粛々とまとめているようだった。声をかけられた大原は先程まで真剣の様子だったのが嘘のようにニッコリと微笑み、こちらへ歩み寄ってくる。
「どうしました?坊ちゃん。」
 いつもなら子供扱いをするなと怒るところだが、今はとても怒れる状態ではなかった。寧ろ、怒られる側な気がしているからだ。そんな大地の様子を見て、大原は静かに紅茶を淹れる準備を始める。話が長くなると察したのだろう。
 居た堪れない思いを感じながらも大地は椅子に座った。大原はこちらに話を催促せず、澄ました顔でティーカップを目の前に優しく置く。置かれた際に中の紅茶が少し揺れた。

「俺、友達を、妊娠させちゃったかもしれないんだ。」
 大原の持っているティーポッドが動きを止める。ハッとした顔でこちらを見る大原を見て罪悪感で苛まれそうになったが、マスターの言葉を自分に言い聞かせながら懸命に話を続けた。
「俺の軽はずみで関係を持っちゃって、向こうがβだと言ってたけど、Ωだったんだ。」
 大原は視線をこっちに向けながらティーポッドを何とかテーブルに置いた。眼鏡のレンズ越しでも動揺の色が窺える。すると、その眼鏡を少し上げて大原がようやく口を開く。
「相手の方とは既に番になったのですか?」
「うん。俺が、ふざけて噛んじゃったんだ。」
 少し混乱している珍しい大原を見て、ぐちゃぐちゃだった大地の頭がどんどん整理されていく。
 考えれば考える程、マスターの言っていた通り、ほとんど自分から海斗へアプローチをかけていることを思い知らされる。

ーそうだ。頸を噛みたいって言い出したのも俺じゃないか。クソッ

 あの夜の会話を思い返す。乗り気な自分に対し、海斗がどんな表情をしていたのかを。今までの自分の都合の良い解釈に段々と腹が立ってきた。だが、それと同時に泣きながら自分に縋ってきた海斗を振り払った時を思い出す。
 もし自分が本当はΩで妊娠していたら?相手に拒否され、尚且つその後なんにも対処もされず放置されたら?
 自分のした事に背筋がゾッとした。その様子を見て大原はもう一杯追加で紅茶を出してくる。どうやら凍えていると勘違いしたのだろう。

「なあ、大原。俺、親父と同じになっちゃったのかな。」
 そんな大原を見て、思わず弱気な声が漏れ出てしまう。大原が目を見開いたのを見て、慌てて訂正するように大地は言葉を加えた。
「これから、相手の家に行こうと思うんだけど、大原にも来て欲しいんだ。」
 顔を上げると、もう動揺している大原はいなかった。
「良いのですか?お二人だけで話さなくても。」
 凛とした大原の表情を見て大地は心の底から安心したのと、感謝の気持ちが湧いた。
「あぁ。俺、さっきも動揺して知り合いに八つ当たりしちゃったからさ。それに、あいつには既に酷いこと言っちゃってるんだ。もうこれ以上、傷つけたくないんだよ。」
 大原は力強く頷いた。
「車を出しましょう。着くまでにもっと詳しくお聞かせ下さい。」


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