ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」13話

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「ちゃんちゃら」13話


「は?」
 大地はポカンと口を開けた。マスターは何を言ってるのだろう。向こうがおかしな事を言っているとそう信じ、マスターの顔を見たが、マスターは真っ直ぐこちらを睨みつけていた。
「あんたが、海斗ちゃんに近づいてたでしょう。」
 今度は言い方を変えて大地に物申す。大地が納得がいっていない顔をしていたのだろう、マスターは空のグラスを置いた。
「あのねぇ、あたしだってぼんやり仕事してたわけじゃないわ。あんた達がここに飲みにきてからずっと様子を見てきたけど、いつも話しかけてたのは大地、あんたの方よ。」
 大地は目を見開いた。素面だが、ぼんやりした記憶の中を手探りで掻き分ける。確かに、海斗の方から自分の隣に座って話を振ってきた記憶が見当たらない。
「本当にあんたを狙ってたら、自分から来るでしょう。」
「でも、Ωのフェロモンでαの俺を引き寄せてたのかもしれない。」
 大地の食い下がる姿を見て今度は空島が口を開く。
「でも、海斗先輩。そんな引き寄せる程のフェロモン感じなかったっすよ。」
「なんでお前がそんなこと分かるんだよ。」
 間髪入れずの反論に少し空島は仰け反り、視線を泳がせたが、それでも負けじと言い返した。

「俺、俺もΩなんで。海斗先輩がαを惹きつける程のΩなら、もうとっくに他のαに気づかれてると思いますよ。」

 マスターも大地も目を丸くした。空島は罰が悪そうにグラスに手で弄ぶ。
「大地さんだってΩに会ったことあるでしょ?気づかなかった、なんてことありました?俺もΩでフェロモンが弱い方ですけど、気づきました?」
 図星を突かれ、大地は閉口する。空島は気まずそうにしているが続けて話した。
「海斗先輩、ちょっとミステリアスなところありますけど、顔に出ないだけじゃないすか?具合悪くて病院に運ばれた時、先輩、とっても辛そうでしたよ。」
 苦しそうに顔を歪めながら救急車に運ばれる海斗を想像すると良心が痛んだ。しかし、大地はどうも後に引けなかった。
「そんな思いしてでも、もうけの方がデカいんだろ。」

「いい加減にしなさい!!」
 突然のマスターの大声に大地も空島も体を震わせた。ただでさえ迫力のある顔に凄みが追加される。
「ここでうだうだ喋ってても始まらないでしょ!!大地はまず、ちゃんと海斗ちゃんと話をしなさい!」
 大地はまたも押し黙った。さっきからずっと胸の真ん中が突かれるような痛みを感じる。空島もグラスから手を離し、視線を逸らす。暫くの間、沈黙が流れる。マスターは構わず開店の準備を始めた。
 店の玄関まで歩いて行く際にマスターは大地をすぐ隣を横切った。すると、振り返りざまに先ほどまで鬼の形相だったマスターは、またいつも扉を開けたら迎えてくれる温かみのある表情に変えていた。

「もう海斗ちゃんに言えないことはここで全部言って頭冷えたでしょ。今度は真っ直ぐに海斗ちゃんを見て話しなさい。」

 大地はその時、いつもこちらと目が合っては少し迷ってから微笑んでくる海斗の顔を思い出した。いつも自分の一方的な話を嫌がらず、根気良く話を聞く姿。
 ずっとずっと蓋をしてきたことが一気にこじ開けて溢れ出す。

ーそうか、俺は

 瞳に手を当てて上を見上げる。

ー浜田海斗に恋をしていたのか。

 マスターは店の外に出て、看板をCloseからOpenにひっくり返した。


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