ちゃんちゃら

三旨加泉

文字の大きさ
18 / 102

「ちゃんちゃら」18話

しおりを挟む
「ちゃんちゃら」18話


「いないって、まさか、堕したのか?」

 金城大地は気がついたらドアを開けて中に入っていた。
 そして、いつも気怠そうにしている海斗の表情が曇り、涙目になったのを見て大地はハッとした。別に責めているわけじゃないのに責めているような状況になってしまっていることに気づき、すぐに口を噤んだ。

 海斗に答えを聞く代わりに自分で考えた。

ー当たり前だ。何もおかしい事ではない。

 大地はもう嫌というくらい自戒している自分の行動を振り返ると海斗の行動も納得がいく。
 恐らく海斗は、大地からの冷酷な態度を受け、大地に助けを求めることをやめたのだろう。海斗の身内事情を大地は知らない。しかし、この動揺っぷりをみると、海斗が頼れる身内がいなかったことを察する。

 考えれば考える程、自分の一時の幼稚な態度によって引き起こした結果だと思うと吐き気を覚えた。
 普通なら一緒に二人で考えて、悩んで結論を出す事をたった一人で背負わせてしまったことに罪悪感を感じた。

「なぁ、俺に、何かできることは、ないか?」
 本来ならば、あの冷たい夕立の日に言うべきだった言葉を大地はいま発した。海斗に一体どんな罵詈雑言を浴びせられるだろうかと覚悟を決めていたが、暫しの沈黙の後に降ってきた言葉はかなり意外だった。

「じゃあ、その、お金、貸してもらえたりってしないか?」
「い、いくらだ?」
 海斗の声は戸惑いを含みながら答える。
「ひゃ、百万、とか。」
 大地が顔を上げると海斗は気恥ずかしそうに頰を掻いている。大地はきっと慰謝料のことだろうと思った。
「分かった。何とか用意する。」と強く頷いた。親父の力を借りるのに抵抗はあるが、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。

 しかし、あまりにも大地の強い返事に何故か自分からお願いしている海斗の方が動揺し、落ち着きが無い様子だった。海斗は目を泳がせ、暫くして「やっぱりいい。」と一言だけ言った。
 さすがに「やっぱりいい。」で終わらせてはいけないと思い、大地は慌てて海斗に詰め寄った。
「いやいや!よくないだろ!遠慮するなよ!悪いのは俺なんだから。」
 海斗は罰が悪そうに大地を見る。大原と顔を見合わせたが、海斗が何を考えているのか分からず、辛抱たまらず聞いた。
「なあ、何に使う予定なんだ?その100万。」
 海斗はモジモジと指を弄っている。言うか言うべきか悩んでいる様子だったが、次第に観念したのか、ポツリと喋った。

「番、解消手術代。」
「え?」
 素っ頓狂な声が自分の口から出る。番解消?
 しかし、海斗はそんな呆気に取られている大地を他所に、珍しくどんどん喋り続けた。

「実は、いま薬貰ってるんだけどさ、副作用とか心配で。ずっと飲み続けるのも大変だから、南雲先生、あ、第二性科の先生で、その、堕ろす手術もその人がやってくれたんだけど、その人が保険適用外だけど、最近では番解消手術っていうのがあって、手術で番を解消してくれるんだってさ。だから、」
「ちょっと待て。」
 大地の額に脂汗が滲む。血の気が引いていくのも感覚で分かる。
「100万掛かるって言われたんだ。でもそんなお金無いって言ったら、相手と相談したら?って言われて。その時は大地と話す機会なんてもう無いと思ったから先生何言ってんだろって思ってたんだけど…」
「ちょっと待て!!」

 海斗は驚いた顔で今にも泣き出しそうな顔をしている大地を見上げた。海斗はどうやら自分自身にも驚いているようだった。それもそうだ。大地から見ても海斗がこんなに喋ったのは初めて見た。
 海斗のまるで溜まっていたものを吐き出すような喋り方を心配したが、大地はそれでも話を中断させざるを得なかった。

「お前、番、解消したいのか?」
 海斗はキョトンとした顔でこちらを見ている。てっきり「当たり前だ!」と突き放されるかと思ったが、海斗はうーんと唸っているだけだった。
「そんなに嫌なのか?」と念押しに大地が聞くと、またもうーんと唸っている。そしてあっさり「別に嫌じゃないけどさ」と歯切れの悪い返事をされた。
 しかし、たとえ歯切れが悪くても大地は必死に喰らいついた。大原を見ると、その視線はまるで自分の背中を押してくれているように感じた。子どもの頃、中々校門を潜れなくて足踏みしてる時、後ろを振り返ると微笑んでくれた大原を思い出した。
「嫌じゃないなら、暫くここに住めばいいだろ?そうしたら、番解消しなくても大丈夫なんじゃないか?」
 海斗は腕組みをした。頭は動かさないようにまた唸っている。そして、「なんで?」と疑問を投げかけられた。

「なんでお前は番解消して欲しくないんだ?」
 大地は海斗の目を見据えて言い放った。

「お前が好きだからだよ。」

 海斗は目が点になっている。そして首に手を当てて気まずそうに視線を外された。
 明らかに大地の言ったことを理解出来ないと言った感じだ。当たり前だ。ついこの間まで突き放したり、すぐ手を出すような人間の言葉など信用できるわけがない。

「分かった。じゃあ、こうしよう。」

 大地は客室にある小さな金庫を指差した。それを徐に開ける。

「ここに100万円。俺が見繕う。」
 海斗は呆然と金庫と大地を見ている。

「これから俺と一緒に過ごして、どうしても俺が嫌だったら、その時は、このお金を使って番を解消してくれ。頼む。」

 外で鳴いていたカッコウはもう鳴いていなかった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

この手に抱くぬくもりは

R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。 子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中―― 彼にとって、初めての居場所だった。 過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。

ふた想い

悠木全(#zen)
BL
金沢冬真は親友の相原叶芽に思いを寄せている。 だが叶芽は合コンのセッティングばかりして、自分は絶対に参加しなかった。 叶芽が合コンに来ない理由は「酒」に関係しているようで。 誘っても絶対に呑まない叶芽を不思議に思っていた冬真だが。ある日、強引な先輩に誘われた飲み会で、叶芽のちょっとした秘密を知ってしまう。 *基本は叶芽を中心に話が展開されますが、冬真視点から始まります。 (表紙絵はフリーソフトを使っています。タイトルや作品は自作です)

【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。 幼い日、高校、そして大学。 高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。 運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

処理中です...