ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」17話

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「ちゃんちゃら」17話


 カッコウが鳴く声で浜田海斗が目を覚ました頃には、窓の外はもう夜だった。ベッドから見える星空はどこか遠く感じる。寝ぼけ眼で周りを見ると、どこかのホテルの一室のように自分の今寝てるベッドの他にキャビネット、テーブルが置かれてある。それを見て海斗はここが自分の住むボロアパートの一室ではない事を早々に察した。
 何とか体を起こし、顔を上げると自分の足の横に誰か人が座ってることが分かった。海斗からしてみれば突然人が現れたように見えたので、思わず体が仰反る。すると、その衝撃で首に痛みが生じた。思わず顔を歪め、首に手をやると、気を失う前の記憶を思い出した。あの時、険しい顔つきで自分の頸を噛んできた大地の顔が頭に浮かぶ。
 頑張って頭からその光景を消そうとしていると、心配そうに座っていた初老の男性が近づいてくる。

「痛みますか?」
 海斗はまじまじと初老の男性を見た。知らない男だが、上品な身のこなしや柔らかい物腰で紳士的な人なのは一目見て分かった。海斗が安心感を覚えている内に首の痛みは消えていた。しかし、首を振ると、すぐに痛みはぶり返し、また首を押さえる。

「申し訳ございません。こうならない為にも私が同行したというのに。」と困り眉で相手は頭を下げる。あまりにも上品に丁寧な御辞儀だったので、ついそれに釣られて海斗も頭を下げた。しかし、この男が言ってる事がよく分からず、首を傾げるとやはり首に痛みが走り、また首を押さえる羽目になった。
「大丈夫ですか?少し鬱血しているので湿布を貼りましょう。」と男はテーブルに置いてある救急箱に触る。
「坊ちゃん、いえ、大地様もアパートに向かうまではずっと貴方の心配をしていたんです。悪意があったわけではないことはご理解頂けると幸いです。」と男は冷湿布を海斗の首に貼る。

「大地様?」
 海斗の疑問を含んだ声に男ははじめはキョトンとしていたが、すぐに「ああ」と微笑みながら答えた。
「申し遅れました。私は金城家に仕えている、執事の大原と申します。今は大地様の身の回りの世話をしております。」
 金城家という言葉に心臓が一瞬跳ねたが、ここでようやく一つの疑問が海斗の頭を過ぎった。

「大地は?」
「大地様は今、席を外しております。貴方が起きたら驚いてしまうかもしれないと、気を遣われているのです。」
 海斗は「ふーん」と納得した振りをしたが、大原という男がこの部屋のドアの方に視線を一瞬だけ向けたのを見逃さなかった。
 見ると、ドアが少し開いていて、隙間から自分の頸を噛んだ男と同じ黒いズボンが、ソワソワと小さく足踏みをしていた。
 海斗は態と知らない振りをしながら苦笑した。

「首も寝違えた時と痛みも対して変わらないし、俺、そろそろ帰るわ。」と頭をなるべく動かさないように海斗はベッドから立ち上がった。
 すると、大原が慌ててそれを制止する。その時、ドアの向こうからも何やらぶつかった音がしたが、知らぬ振りをした。
「申し訳ございませんが、暫くの間ここで休まれてはいかがでしょうか?今日はその事でお話しようと貴方の家に向かったのです。」
 海斗は目をぱちくりさせた。
「休まれてはって、首の怪我くらい大袈裟じゃないか。」
 大原は一瞬言葉が詰まったように見えたが、すぐに取り繕って優しい口調で伝えた。
「最近、気温も暑くなる一方ですし、貴方自身にとっても、お腹の中の赤ん坊にとっても、ストレスの無い生活環境が良いかと。」

 お腹の中の赤ん坊。
 その言葉を聞いて、今度は海斗が言葉を詰まらせた。徐々に青ざめていく海斗の顔を見て、先程まで落ち着いていた大原の表情も息を呑んだのも分かる。

「ごめん。もう、いないんだ。」
 海斗は細く、凹んだお腹のさらに下、下腹部を摩る。

「お腹の中の赤ん坊。」


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