ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」62話

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「ちゃんちゃら」62話


 仕事中、土中が何やらトラブルがあったのか、仕事用の携帯で話をしながら職場を出ていく。
 海斗は池田先輩の助言を聞きながら検品作業をしていく。一人前にはまだ程遠いが徐々に海斗は作業に慣れていっていた。
 海斗が製品と睨めっこしていると、職場のドアが開いた。そこには猫背の中年の男が立っていた。男は職場内をざっと見渡し、海斗と目が合った。男は舐め回すように海斗を見る。
「あんたか、新入りって。男なんだな、良かった。」
 そう言って海斗の肩を荒々しく叩く。すると池田先輩が「なんの用すか?」と面倒そうに聞く。男は頭を掻きながら「人が足りなくてよぉ。男手で応援が欲しいんだよ。」と苛々した口調で吐き捨てる。
「どうせ、まだまともに仕事も出来ないだろ?連れてっても問題ないだろ。」
 有無を言わさず、男に肩を引っ張られ、海斗は職場の外へ出される。その時、心配そうにこちらを見ている流川の顔が海斗の目に映った。

 足早に歩いていく男の後ろを必死に海斗はついて歩いた。
「あの、なんの作業するんですか?」
「有機溶剤の補充だよ。今、マスク貸すからよ。」
 男は引き戸を開けて中に入っていく。海斗が引き続き男についてその中へ入ろうとするが、引き戸のすぐ横に貼られてある紙が目に入る。

「女性やΩの男性の有機溶剤の取り扱い業務は禁止」

 海斗は囁くような声でその紙の内容を読み上げる。

 妊娠などによる影響と危険性が細かく書かれてあり、海斗の足は完全に竦んでしまっていた。いつまで経っても海斗が入ってこないので、男の作業員が不審に思いながら、こちらへやってくる。
「おい、どうした。」
 今まで何も感じていなかった男の低い声が、今は心臓を鷲掴みされたような感覚だった。
 海斗がまるで魚のように口をパクパクさせているので、男の顔はだんだん険しくなっていく。
「はやくしろ。鈍臭いな。」
「お、俺。」
「あ?大きな声で喋れ。」
 海斗が真実を話さなければいけないと思い、必死に口を動かそうと思ったが、うまく動かず、目が湿ってくる。

「あーあー!ちょっと待って井口さん!」と声を張り上げながら大きな巨体を持ち上げながら土中が走ってくる。海斗の前まで走ってくると、すっかり体力が無くなったのか、息切れして中腰になってしまっている。
 土中は汗を拭きながら必死に声を絞り出す。
「困るよぉ。勝手に応援で人連れていくの、やめてって言ってるじゃない。」
「あんたが現場にいないのがいけないんだろ。」と理不尽な言葉を投げかけられ、土中は大きな溜息をつく。
 話は終わったと思ったのか、井口は海斗の肩を掴んで、「じゃあ、許可取ったんだから連れてくぞ。」と強引に作業場に引き摺り込もうとする。それを見た土中は顔を真っ青にして海斗の反対の腕を引っ張る。

「ダメダメ!!」
 土中の慌てっぷりに井口は怪訝な表情を浮かべている。
「なんでだよ。いいだろ、そっち暇だろ。」
「そういう問題じゃないんだよ!」
 土中の態度に井口は目を丸くしている。
 土中はこちらをチラチラ窺うように顔を見てくる。土中が次にどう言おうか迷っているのは海斗でも手に取るように分かった。恐らく他人が勝手に言うのはコンプライアンス違反なのだろう。土中は明らかにそういったものを気にするタイプだった。土中の配慮に海斗は覚悟を決めた。

「俺、Ωなんです。」


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