ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」63話

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「ちゃんちゃら」63話


「おめがぁ?」
 井口は海斗をジロジロ爪先から頭のてっぺんまで眺め、そして海斗の顔をもう一度睨み、舌打ちをする。
「またおめがかよ。どうなってんだ、あんたの部署。」
 まるで無用の長物を見るかのような目で井口は海斗を見た後、土中をジロリと睨んだ。土中は取り繕った笑いを浮かべながら汗を拭いているだけで、特に何も言わなかった。海斗が怖気付いていると、後ろから強硬な女の声が聞こえた。
「じゃあ、あたしがやります?」
 振り向くと、そこには池田先輩が腕を組んで仁王立ちしているのが見えた。長い金髪を揺らしながら、こちらへ歩いてくる。どうやら土中を呼んだのは彼女らしい。
「どうせ、あたし子ども産めないし。」
「池田くん!」
 先程、笑っているだけだった土中が出したとは思えないくらい荒げた声に海斗の体は震えた。しかし、池田先輩の視線は土中ではなく、井口の方へ向いていた。井口はすっかり池田先輩の鋭い眼光に気圧されたのか、何も言わずにそそくさとその場を去っていってしまった。
 立て続けに色々なことが起きたので海斗が呆然と立ち尽くしていると、土中がこちらに頭を下げてきた。
「ごめんね、海斗くん。大丈夫だった?」
 海斗は慌てて首を振る。
「こちらこそ、ありがとうございました。俺、知らなくて」
「いいんだよ。普段、進んで言わなくちゃいけないことでもないからね。海斗くんは何も悪くないよ。」
 土中が汗を拭きながらニコニコと笑う様子に安心感を覚える。
 しかし、それとは裏腹に海斗は今回の一件を反省していた。自分がΩとして生活するようになったのは最近だ。だからといってΩであることを肝に銘じておけば、きちんと断れたはずだ。いざ、他人にΩだと打ち明けるとなると口が思うように動かず、結局は事態を悪化させてしまった自分の行動を腹立たしく思った。

「あんな態度取られるから、みんな第二性を言い辛くなるんじゃん?」
 海斗が顔を上げると池田先輩はこちらを見ず、土中と話をしていた。まるで自分の心を読んだかのような発言に海斗は目を白黒させた。
 土中は両手をバタバタさせ、二人に声掛けする。
「とにかく!応援で呼ばれても、僕の許可無しに行くのはダメ!聞かれても僕に話を通してからにして!」
「それは井口に言いなよ。」
「あとで!あとで言いますから!」
 若干投げやりに口を尖らせて言い返す土中はまるでひよこみたいで可笑しく、海斗は思わず吹き出した。そんな様子を二人は唖然としながら顔を見合わせていたが、緊迫した雰囲気はもうどこか遠くへ行っていた。

 海斗が仕事に戻っても特にさっきの話は誰も何も触れなかった。まるで何事も無かったかのような態度に海斗は俯き、手を動かした。何も喋ることもない静寂な職場だが、海斗の口角は上がっていた。


 海斗がロッカーを開けて貴重品などを取り出していると、後ろに気配を感じたので、何の気なしに振り向く。そこには流川が何か言いたげに、こちらをジッと見つめていた。驚きで財布を持った手が思わず固まる。
 流川は人差し指をモジモジさせながら海斗の元へ数歩歩み寄った。
「あの、今日、大丈夫だった?」
 海斗が首を傾げていたので流川は言いたくない表情をしていたが、やがて諦めて口を開けた。
「今日、井口さんに応援頼まれてましたよね?」
 午前中の出来事だったので、海斗はすっかり今日の騒動のことを忘れていた。海斗が目を丸くしながら頷く。流川が何を言おうとしているのか分からず、不安になる。
 しかし、彼の口から聞いた言葉は予想外だった。
「ぼ、僕もおんなじ事になったから、き、気にしないで。」
「おんなじこと?」
 海斗が何も察しない様子を見て、流川は痺れを切らした。

「僕も、Ωなんだ。」


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