ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」71話

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「ちゃんちゃら」71話


「なぁ、どう思う?」
 大地の質問に大原は肩を竦める。
「そう訊かれましても。本人に確かめるしかないのでは?」
 大原は小さく溜息をつく。
「本当の話をしてはいかがですか」
「待った待った!正直に白状するのはもう少し後にしてくれ!」
 大地が両手をバタバタしているのを見て、大原は今度は大きな溜息をつく。
「許すかどうかは私ではなく、海斗様ですよ。さっき、指輪の話を玄関でしたでしょう?訝しんでいたのでは?」
 大地は顔をぐったりと俯かせ、目に手を当てる。
「それはそうだけど。でも、訊いちゃうだろう!」
 大地がポケットからスマホを取り出し、一つのアプリを起動させた。すると、画面いっぱいに地図が表示され、一つの赤い丸い点が地図上を点滅している。
「指輪と本人が全然違う場所にいたら!」

 大地が海斗に指輪をあげた理由は二つだった。一つは海斗と自分の関係性をパートナーから夫夫になる為、海斗の気持ちを確かめる為だ。

 もう一つは、家を出た海斗の居場所を知る為である。
「ひょっとしたら気づかれてるではないですか?」
 大地は唸る。実をいうと、指輪にはGPS機能が搭載されている。なぜそんなことをしたのかというと、病院での南雲先生との会話が頭を離れなかったからだ。
 別に大地は海斗が就職することを全面的に反対していたわけではないし、応援もしていた。しかし、だからといってΩとして生きていく海斗が、社会でどんな目で見られるのか、心配していないわけではなかった。辛い思いをすることも多かれ少なかれあるはずである。

ーもし、妊娠の一件の他に社会からの冷酷な扱いに堪えられなくなったら?

 大地の不安の種は尽きることが無かった。もし、最悪な事態が起きた際、連絡が取れなくても居場所が分かれば迎えに行くことができる。そう考えた結果、大地は今回の指輪の購入を思い至ったのだ。
 しかし、それは諸刃の剣のようなもので、海斗からの信頼を失う可能性も出てくる。大地は海斗に真実を伝えたら指輪を外されるか、最悪、婚約を断られるのではないかという不安で中々言い出せなかった。その一方で、海斗を指輪をつけないまま社会へ送り出すことも不安で出来なかった。

 大地はアプリに表示されている地図を眺める。点滅している赤い点は、本来なら海斗のいる位置であるはずだ。しかし、指し示している場所は全くの別方向だった。海斗の勤務先でもない、一体ここはどこなのだろうか。
 地図を確認したのは海斗がここに帰るわずか数分前だったこともあり、パニックになって海斗を探しに行こうかと考えていたところへ、海斗が玄関に顔を出したのだ。大地は心底安堵したが、謎は一向に晴れなかった。
「場所は調べたんですか?」
 大原の言葉にようやく大地は冷静になって居場所を調べ始める。すると、意外な事実が明らかになった。
「ここ、水城家の場所じゃないか?」
 大原は少し納得したような顔をしている。
「そういえば、水城家のお嬢様が海斗様と同じ会社に勤めていると聞いておりますよ。」
 大地は地図と睨めっこをする。まさか盗んだ?いや、そんな指輪一個ごときで手を染めるような奴ではないことは、水城と知り合いである大地は分かっていた。
 恐る恐るスマホの地図アプリを閉じ、電話アプリに切り替える。
「水城家のお嬢様に事情を話すのですか?」
「分からないけど、海斗にはまだ言わないようにお願いして、事の顛末を聞くしかないだろ。」
 大地は固唾を飲み込みながらスマホを耳に当てた。

 もう行動に移してしまった以上、いつかは海斗に全てを話さなければならない。例えそこに悪意が無くとも。
 例え、海斗から嫌われようとも。


 大地が電話している間、階段を上がってくる音が聞こえたので、大原はドアを開けて廊下に出て確認した。
 すると、階段から雫が顔を出した。
「ねぇ、二人とも来ないの?もうケーキとか予約しちゃうよ?」
「すみません。もう少しお待ち下さい。」
 頭を下げている大原の顔を雫は覗き込む。
「何かあったの?主に、大地くん。」
 大原は澄ました顔をしている。
「海斗くん、気にしてたよ。」
 大原は頭を抱えた。大原の分かりやすい反応に雫は吹き出すように笑う。
「言えることは、海斗様が中々婚約指輪を嵌めないということくらいしか。」
「へーいいじゃん。甘酸っぱいねぇ」と雫は悪戯っ子の笑顔を浮かべている。
「私は、とてもそんな気持ちにはなれません。」
 溜め息をつく大原を見ながら雫は腰に手をやった。その表情は期待で溢れているようだった。

「そうかなぁ。ようやく恋人同士の悩みが出てきたって感じじゃない?僕は真っ当な道に進んでると思うけどなっ」

 窓の向こうでは、恐らく今年初めてで最後の雪が降り始めていた。


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