ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」70話

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「ちゃんちゃら」70話


 海斗は玄関の扉の前まで歩いていく。もうその時には、さっきまで抱いていたモヤモヤは不思議と綺麗さっぱり消えていた。なにも前進もしていないし、問題も解決していないのだが、不思議と心は晴れやかだった。
ー指輪の一件も明日、水城さんに謝ろう。そして、経緯をきちんと説明しよう。
 水城に実際どう思われるかは分からない。責められるし、嫌われるかもしれない。それでも海斗の口から説明しなければならないことは分かっていた。それに加え、図々しいが、海斗は指輪の一件を水城に相談しようとさえ考えていた。
 正解など無い。ならば、自分なりの答えを探すしか方法は無かった。何も解決していないが、やるべきことは決まっていた。

 そう考えながら、海斗が玄関の扉を開けると、大地が飛ぶように目の前に現れる。いつもの数倍は速い動きに思わず身体が仰反る。あまりにも勢いが良かったのか、大地はそのままぶつかるように海斗を抱きしめた。
 いつも大地が先に帰ってきている場合は喜んで海斗を出迎えてくれる。しかし、それにしては様子がおかしかった。海斗が大地の背中に手を置くと、大地は海斗の目をしっかりと見て言った。

「指輪、つけてないのか?」

 海斗の心臓が跳ねた。まるで心の中を弄られたような気分だった。海斗は大地を見る。大地は不安そうだが、それでも真っ直ぐな瞳でこちらを見つめている。海斗はその視線を逸らすように笑顔を作った。
「ごめん。もう少し待ってくれるか。あと少しで答えが出そうなんだ。」
 大地は心許ない表情だった。指輪をつけるのに期限は無いと言っていたが、やはり不安なのだろう。
ーまた、俺は大地にこんな顔をさせている。
 海斗は靴を脱いでリビングのドアを開けると、リビングは玄関とは打って変わって華やかで明るい雰囲気に変身していた。というのも、ソファの横で雫と大知がクリスマスツリーを飾り付けていたからだ。
 大原がこちらに気づき、頭を下げる。
「おかえりなさいませ。」
 大原の声に雫たちも海斗の存在に気づく。
「おかえり、海斗くん。」
「おかえりー」
 大知が海斗に近づいてくる。しかし、ここでいつもだったら大地が間に割って入ってくるだが、大地の姿は見当たらなかった。海斗が振り返ると、大地は一人で何か考え事をしている様子だった。やはり大地にとっては早く指輪をつけて欲しいのだろう、と申し訳ないと思う感情が湧いてくる。

「ねぇ、大地お兄ちゃん、元気ないね。」
 海斗の腕を掴みながら大知が大地を見遣る。
「ひょっとして、指輪?」
 海斗は驚いて大知の顔を覗き込んだ。
「どうして知ってるの?」
「だって、大地兄ちゃん、海斗兄ちゃんにバレないように実家でずっと指輪選びしてたんだよ。まだ婚約指輪なのにね。」
 そうか。そんなに大地は指輪に時間を掛けていたのか。それなのに自分はこんなに待たせて、嫌な奴だな、と海斗が大地に負い目を感じているのを他所に、大知はお気楽な口調で言った。

「指輪、失くしちゃったの?」
 海斗は目を丸くする。
「だって、指に嵌めてないし。」
 海斗の痛いところを大知はずけずけと言い放った。
 本来なら、子ども相手に宥めようと「失くしていない」と言うのが普通なのだが、相手は大知だ。海斗はここで過ごしてまだ短い期間だが、大知の洞察力と賢さを知っていた。下手に嘘をつくと却って怪しまれるだろう。
「会社周辺にあるのは分かってるから、大地にはまだ言わないでくれよ。」
 同僚が持って行ったのだから、嘘はついていなかった。
「じゃあ、僕も探そうか?」
 海斗は微笑みながら首を横に振った。
「大丈夫だよ。たぶんすぐ見つかるだろうし。大知くんは気にしないで。」
 大知はふーんと小さく唸ったが、すぐに興味をクリスマスケーキの方へ向けていった。
「ねぇねぇ!海斗お兄ちゃん。僕このお店のチーズケーキ食べたいから、海斗お兄ちゃんの方はいちごのショートケーキ作ってよー」
「えー、俺に作れるかなぁ」
「雫パパと頑張って。」
「大知くんは何も手伝ってくれないの?」
「うーん、応援と味見?」
 海斗がわざと怒り眉をして大知を笑わせた。話を聞いていた雫も会話に参加してくる。
 しかし、海斗は二人の会話に耳を傾けるが、視線はリビングのドアの方へ向けていた。そこにはこっそりドアを開けて出ていく大地と大原が見えた。


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