ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」80話

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「ちゃんちゃら」80話


 暗くてフードを被った男の顔はよく見えなかった。猫背で細身。大地の知り合いにあんな男はいない。
「誰だ!?」
 思わず大地が叫ぶと男はこちらを一瞬振り向き、走って逃げようとした。
「待て!」と大地が叫んだところで、視界の端に空島が映った。
 空島は地面に落ちている小石を颯爽と手に取った。そして、まるで野球の投球フォームのような姿勢を取る。
「俺、ピッチャーの中ではコントロール良かったんすよ!」
 そう言って彼が投げた小石はまるで野球ボールのように綺麗なストレートで飛んでいった。そして、逃げた男の背中に見事的中した。凄い勢いでぶつかったからか、男は「ぎゃっ!」と声を上げ、バランスを崩して前に倒れ込む。
 すると大地たちを凄い勢いで走り抜かしたマスターが倒れ込んだ男に馬乗りになる。マスターの体重も合わさってか、男が悲鳴を上げた。
「覚悟しなさい!この誘拐犯!!」
「ちょっ!や、やめてくださいよ!僕は無実です!!」
 男の決死の叫びに後から走ってきた海斗は耳を疑う。
 どこかで聞いたことがある声だった。しかも、数時間前には聞いた声だ。海斗が考えている間にマスターが男を羽交締めにしようとするので慌てて海斗は駆け寄った。
「ちょっと待った!」と海斗の声と一緒に幼い声も混ざる。声の方を向くと、大知も駆け寄って男の背中にしがみついていた。
「お兄ちゃんは本当に無実だよ!僕が頼んだんだ!」
 大知の言葉にようやくマスターの動きが止まり、腕を男から離す。その際に男のフードが取れて顔が露わになった。

「流川!」
 流川は太い眼鏡を頑張って上げながら訴える。
「僕は無実です!」
 大地と空島が一緒にこちらへやってくる。大地が海斗の顔を見ながら流川の顔を指差す。
「え、知り合いなのか?海斗。」
「うん。いつも一緒にバスに乗る同僚の人。」
 大地は海斗の言葉に眉を顰め、流川の顔を見る。
「本当に無実か?まさか、そういう趣味があるだけなんじゃ」
「本当に無実なんです!!」
 食い気味で流川が否定する。しかし、マスターもどこか疑わしげに彼を見ていた。
「じゃあ、どうして逃げたりしたのよ?無実なんでしょ?」
 流川はマスターの顔を見ると、少し距離を置いた。
「だって、急に巨体が走ってきたら怖いじゃないですか!」
「なんですって!」
 マスターの怒号に流川が悲鳴を上げている。そんな彼らの様子を他所に大知は呆然と立ち尽くしていた。

「大知くん。流川と何してたんだ?」
「指輪探してたんだ。そうしたら、そこの工場からお兄さんが出てきたから何か知ってると思って。協力してもらってたんだ。」
「ほら、無実でしょう!」
 海斗の予感が的中し、胸が痛んだ。大知は罰が悪そうな海斗の顔から腕へと徐々に視線を移していく。
「あ」
 大知が海斗の手を掴んだ。
「なんだ、見つかってたんだぁ。」と安心したように海斗の指輪を眺めている。大知の顔をちゃんと正面で見る。いつもの大知だった。
「ごめんな。俺、ちゃんと言わなかったから。大知くんが本当に無事で良かった。」
「なんで海斗お兄ちゃん泣いてるの?」
 嗚咽混じりで話す海斗に大知は小首を傾げている。すっかり安心した海斗は大知と手を繋いで歩き出そうとすると、強い力で後ろに引っ張られた。振り向くと、大地がスマホで何やら電話を掛けながら鋭い眼差しで大知を見ていた。

「話すことはそれだけか?」
 大知はさっきと同じように小首を傾げている。しかし、いつもの大地の雰囲気とは違うからか、少し後退りしていた。大地は大知の頭を小突いた。「いたっ」と大知が声を上げたと同時にスマホを大知に渡す。
「こんな大事になったっていうのに、何にも連絡しないで。雫さんたちを不安にさせるな!」
 大地が大知を叱るのは恐らくこれが初めてなのだろう。大知は驚いて頭を押さえたまま固まってしまっていた。
「だって、スマホしまってたから時間良く分からなくて。気がついたら遅くなってたんだもん」と大知はブツブツ言い訳を並べながらスマホを耳に当てている。電話の相手は恐らく雫たちだろう。さっきまで大地に強がっていた大知がすぐ柔らかい表情になっているのを海斗は眺めていた。
「大知くんも年相応なところがあるんだな。」
「あいつはガキだ。」と大地がむっすりした顔で即答したので思わず吹き出すように笑う。
「なんだか、俺の見ていないところで大地は大人になったんだな。」
「俺を子どもか何かだと思ってたのか?」と渋い顔を大地はしていた。

「とりあえず、事件が解決して良かったわね~」とマスターも空島も二人で頷きあっている。流川は何が起きてるのかよく分からないといった雰囲気で唖然としていた。すると、さっきまで通話をしていた大知がスマホから耳を離し、こちらに大声を上げた。
「ねぇ!何かお詫びとお礼したいって大和パパが言ってるんだけど!」
 「ゲッ」と大地が眉間に皺を寄せていたが、マスターは両手を合わせて歓喜する。

「じゃあ、クリスマスパーティーしましょっ!とっておきの会場を紹介するわ。」
 海斗たちは顔を見合わせ、ある予感が頭を過ぎる。

「ロメオってBARなんだけどっ」

 近くの家からクリスマスの特番の音が漏れ聞こえる。まだクリスマスの夜は始まったばかりだった。


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