剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第五章 鎮西禍前夜

相見ゆる白銀

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荒潮の関門海峡を渡った明光丸は、長州・下関の小港に入った。

降り立った隼人は前原一誠卿に届ける坂本龍馬の書状の他、背に細長い包みを負うている。
由良乃も同様の包みを背負い、手には白木のじょうを。
草介は手回りの荷に加え、腰にはしっかりと六連発のリボルバーを忍ばせた。
隼人からの教え通りに弾は込めていないが、制服の内隠しには十発分の弾丸を用意している。

駆け出した三人が選ぶ道は街道ではない。
上陸した壇之浦古戦場近くから、眼前に小高い山が聳えているのが見える。火の山だ。
御留郵便では往来の多い幹道を避けて尾根道などを好んで使うが、山の口からどんどん森に分け入っていった隼人はやがて急斜面の前で足を緩めた。

「お前たちはここまでだ」

不意に隼人の口から出た言葉に、由良乃と草介は理解が及ばず動きを止めてしまった。

「片倉先生……?」
「はーさん、どういう意味でえ」

隼人は二人に向き直り、初めて見るような険しい表情で冷然と言い放つ。

「言葉通りだ。ここから先は速さが勝負となる。お前たちの足に合わせて駆けることも、万が一襲撃された時にお前たちを守りながら戦うことも時間の無駄となる」

あまりのことに、由良乃が拳を震わせた。

「先生お一人の方がやりよいと……?」
「そうだ」
「わたし共は足手まといだと……?」
「そうだ」

由良乃が、ぎゅっと下唇を噛んだ。

「おい、はーさん! あんまりじゃねえか!」
「黙れ。お前もだ草介」

淡々とした、しかし怒気を孕んだ隼人の声音に二人は思わず気圧される。
隼人は負っていた細包みの紐を解くと、刀の柄を露わにした。

「二人はこれにて船へ戻れ。命令だ。手向かいは許さぬ」

そしてあろうことか、重々しく柄に手を掛けた。
本気だ。
由良乃が膝から崩れ落ち、草介も呆然としてその場に立ち尽くす。
その様子を見やった隼人は踵を返し、急斜面に取り付いて瞬く間に駆け上がっていってしまった。

「そんな……」

地に両手をついて肩を震わせ、由良乃が絞り出すようにそれだけを呟いた。


隼人は山を駆けた。
とても登れそうには見えない斜面にも、鹿や猪ならば悠々と往くような道がある。
それを正確に見極め、飛ぶような足取りで山頂を目指す。
隼人には確信があった。Y.Todo――。
あの筆跡を、見間違えるはずがない。あの男が生きている。すぐ近くで自分たちを見ている。
だとすれば、間もなく必ず姿を現すに違いない。

火の山は急傾斜ではあるがそう高くはない。隼人は息を弾ませ、ほどなく頂上へと続く尾根に至った。
樹々が切り払われた山頂付近は小さな広場となっており、隼人のいる位置からでも関門海峡や周防灘、そして響灘といった三方の海を見渡せる。

風が吹いた。山頂の方から流れてくるその冷たい風は、隼人がよく知る仄かな香りを含んでいる。
足を止めないまま、隼人は晒の帯を腰に締めた。
そして背に負った長刀を袋から取り出して帯刀し、鞘に一周させる形で左腰に下緒を結束する。

左手で腰の刀を抑えながらさらに歩みを速める。
と、頂上辺りの切り株に一人の男が腰を掛けていた。
隼人と同じ紺色の詰襟制服。袖と裾には郵便御用を示す赤い線が入り、頭には韮山笠をかぶっている。
また、その腰には朱鞘の刀が。
くゆらせている紙巻煙草の火が影になった口元でじじっと赤くおこり、ふうっと煙が吐き出された。

「必ず来ると分かっていた」

男は振り返りもせずにそう言うと、手元の煙草を丁寧に揉み消してゆっくりと立ち上がった。
数瞬遅れて届いた甘い煙の匂いが、隼人に在りし日の記憶を呼び覚ましてゆく。

「会いたかったぞ。片倉隼人」

男は韮山笠を脱ぐと、隼人に向き直って真っすぐに視線を定めた。
白銀の長髪をきっちりと後ろで括った、隼人と同じくらいの年格好。
細面の頬はさらに鋭く削がれ、左の眉尻から口元にかけて縦一文字の刀傷がある。
そしてその左目は白濁しているが、心の内を見透かすかのような魔力を感じさせる。

東堂とうどう……東堂、靫衛ゆきえ――」

呻くようにその名を口にした隼人は、ぎりっと歯を食いしばり刀の柄に手を掛けた。
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