剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第九章 南龍のドライゼ

東京鎮台の日々

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大久保卿に書状を届けたのち、M機関から隼人と草介に通達されたのは東京府内における不穏分子の慰撫工作だった。
薩摩以外でも西郷を支持する結社は全国各地に存在し、薩軍挙兵に呼応して蜂起することが警戒されていたのだ。
隼人と草介はそうした結社の人物たちに次々と書状を届けており、今は赤坂檜町の東京鎮台歩兵営に仮住まいしている。

その後、西南の役はいよいよもって血で血を洗う凄惨な様相を呈していた。
3月4日に始まった熊本・田原坂の戦いでは狭隘な尾根道を固守する薩軍を攻めあぐね、政府軍は一日に平均32万発もの弾薬を消費したという。
また薩摩隼人らの白兵突撃に悩まされた政府軍は、元来の侍である警察官による抜刀隊を編成。剣撃に剣撃で対抗したことも功を奏し、実に17日間を要してこの戦線を突破した。
田原坂を巡る戦いだけでも政府軍の死者は2401名、薩軍の戦死者は「不明」とされている。
ただし薩軍本隊の30個中11小隊の隊長が戦死しているため、夥しい量の血が流されたことは間違いない。

薩軍はこの戦闘を機に敗走を重ね、政府軍は4月15日に熊本城を奪還。20日、西郷らは人吉へと退去し5月28日には宮崎にまで押し出された。
もはやその地を死守するか北上するかの二つに一つしかなく、着々と薩軍包囲の網は狭まっている状況だ。

その間、政府軍ではついに徴募兵だけではなく士族らで構成される追加兵の投入にも踏み切っていた。
彼らを“壮兵”といい、その先鋒となったのが旧藩の紀州、そして長州だった。
和歌山では5月に1個大隊807名、6月には歩兵1個大隊858名および砲兵1個小隊126名が編成され、大阪鎮台に入隊している。
前者は「遊撃歩兵第5大隊」、後者は「遊撃歩兵第6大隊」「遊撃砲兵第2小隊」と命名され、それぞれ第一旅団と熊本鎮台に編入されていく。

紀伊兵が習熟していたドライゼ銃の存在、そして大量に保管されていた専用弾薬は重要な戦力として期待され、これには陸奥卿の献策があったことは間違いない。
だが、政府内部からも陸奥卿は警戒されていた。
紀伊を抜けて土佐海援隊で行動し、一度ならず牙を剥いた故郷では近代軍創設に関わっている。
結局陸奥卿に紀伊兵召募の采配は許されず、旧戍営連隊長であった長屋喜弥多らがその任を負った。


――その頃、東京鎮台歩兵営の演習場にて。

先刻より草介は竹刀を手に、隼人へと激しく撃ち掛かっている。
剣術は教えないとそう言った代わりに由良乃へ草介を預けた隼人だったが、今やその心境は変化している。

「っらぁぁぁっ!!」

草介が水平に振るった竹刀が隼人の横面を捉えようかという瞬間、その軌道は斜め上へと流された。
直後、体勢が崩れてがら空きになった草介の胴に、隼人が竹刀を寸止めする。

「草介、お前の太刀筋はやはり面白いな」
「へっ、尾が白けりゃアタマは黒ってか」

ぜえぜえと荒い息をつきつつ憎まれ口を叩く草介だが、その実楽しそうでもある。
隼人にようやく剣の稽古をつけてもらっていることが、素直にうれしいのだ。

「草介。拳銃の稽古の際も同じだが、お前は左右の動きは正確だ。しかし上下の狙いが甘い。先ほどの横面も、儂が受け流さずとも上に逸れていただろう」

隼人は草介に剣術だけではなく、射撃についても本格的に稽古をつけていた。
軍の施設である鎮台という利点を最大限活用し、実弾を用いて射撃場で訓練する許可を取っていたのだ。

東京での任務が中心になって早や5か月が経とうとしている。
旧紀伊兵らが続々と戦地に送られていること、そして九州ではおそらく東堂靫衛がどこかで暗躍しているであろうこと。これらのことに隼人が心中穏やかでないだろうことは、草介には痛いほど理解できる。
だが、なぜだかこの一瞬一瞬がとても重要な意味を持つ、いわば僥倖のような時間であるように草介は思っていた。
そして、必ず再び薩摩の地を踏むことになるのではという直感のようなものもある。

「はーさん! もう一本頼まあ!」

思念を振り切るように叫んだ草介が竹刀を構え直した時、演習場の入口に長身の人影が立った。
左右に張り出した立派な髭にほっそりとしたフロックコート姿。大久保利通だ。
大久保卿は道場に対するかのように、一礼して演習場に足を踏み入れた。
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