剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第十二章 浪華裏花街エレジィ

道頓堀若衆色街

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艶めいた様子でしなだれかかるように酌をしているのは、まだあどけない娘のようにしか見えなかった。
わざと大きく襟を抜いた振袖姿はむしろ不調和ともいえるが、それが皮肉なことに得体のしれない色香となって匂い立つ。

買われたこの時間は従順であるように演じつつ、その実は男という生き物を蔑んでせせら笑う本心を隠す気はないようだ。
男を気持ちよくさせる嘘の睦言を囁いているのか、珠のような口唇がふるふると揺れては弾んでいる。

小さな料亭の二階、赤み勝ちの灯りが否が応でも淫靡な空気を醸し出す。

自分はいったい何をしているのだと思いつつ、草介は息を殺してその様子を小さな穴からずっと覗いている。
酌を受けているのは、羽織袴で端座する燻銀色の髪をした男。
後姿しか見えはしないが、とても寛いでいるような雰囲気ではない。

と、酌婦がふいにこちらを見た。

潤みを帯びた大きな双眸がじっと注がれ、ほんの少し小首を傾げるように気配の元を探っているのだ。
透き通るような肌。
白玉や白磁が月並みな喩えだとしても、それ以上の言葉を草介は見つけられない。

切り揃えた前髪がさわりと揺れ、すうっと目が細められた。
嗤っているのだ。

思わず寒気を覚えるほどに凄艶な美少女。
そう、少女としか思えない。

あらかじめ草介には、その佳人が美しい少年だとわかっていたとしても――。



――大阪、道頓堀。

かつての「大坂」という表記との混在も落ち着いてきたこの街を、隼人と草介は連れだって歩いていた。

芝居しべえ小屋がたくさんあらぁ。むかしの猿若町みてぇだぜ」

草介がおもしろそうにきょろきょろと見回す辺りは、江戸の早い時期から既に芝居小屋が立ち並んだ界隈だ。
大阪が食道楽の街として栄えた背景には、こうした芝居見物の客を相手に商ってきた歴史があった。

「なにもここまで付いてくることはなかったのだぞ」

傍らの隼人は迷惑そうというより、むしろ申し訳なさそうに眉尻を下げている。
この男にしては珍しい表情で、草介は隼人のこうした顔を見ると何やらしてやったりという気持ちになるのだった。

「あぁに、どうせしまだしよ。それによ、ほら。あの新しいM卿のおっさんにも、はーさんのことしっかり見ててやれって言われてんだよ」
「なに、三浦卿にか」
「おうさ。はーさんもうお年寄りだからって……っていてえ! いてえって! おいらが言ったんじゃねえよう!」

隼人の鍛え上げられた指で耳を摘ままれた草介は、伸び上がるように体を傾けて許しを乞うた。
傍からは仲のよい親子がじゃれ合っているようにも見えるだろう。

隼人と草介が務める御留郵便御用の統括組織であるM機関。
Mのイニシャルを持つ幹部で構成される特務機関だが、かつて直接の上官であった陸奥宗光は今や宮城監獄に収監されている身だ。
西南戦争の動乱に紛れ土佐派の運動家らと通じて政府転覆の挙兵を図ったとし、1877年(明治11年)に逮捕されたのだ。
世にいう「立志社の獄」の関連である。

これに先立って長州の前原一誠、薩摩の村田新八と次々にM卿の椅子が空席となっており、陸奥卿の後任に就いたのが元紀州藩公用人・三浦休太郎だった。

戊辰戦争時には捕縛されたものの、いまは「やすし」と名乗って明治政府に出仕する身だ。
それに三浦卿は幕末の天満屋事件で陸奥宗光を含む海援隊・陸援隊の襲撃を受けており、その護衛任務に就いていた隼人とは面識があったのだ。

「片倉さん、えらい律義なこっちゃ。休暇申請ら書面だけでええんやで」

福々しい面相に二重ながらどこか眠そうにも見える目を向け、三浦卿が気のない声を出した。
草介を伴って新任のM卿への挨拶に向かった隼人が次に出したのは、休暇願だったのだ。
天満屋事件で顔に受けた傷が引きつるのか、三浦卿は片目を顰めるようにしている。
十津川郷士の中井庄五郎に斬られた跡だ。

「はっ」

直立する隼人をぎょろりと見上げ、許可の判を捺した書類を返す。

「まあゆっくりしてきなはれ。せやけど騒ぎだけは起こすんちゃうで」

猜疑心の強そうな目は、動乱の時代を生き抜いてきた武器の一つなのだろう。
三浦卿の部屋を退出しつつ、草介はやはり隼人の旅にくっついていくことを決めていた。

珍しく休暇を取って向かうのは大阪。

御留郵便ではない、隼人個人の届け物があるのだという。
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