剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第十四章 北海の旧幕兵団

治外の北

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紋別に郵便取扱所が開設されたのは1876(明治9)年のことで、定期郵便船が寄港するようになっていた。
だが氷雪で海陸共に閉ざされる10月から翌年3月までの半年間は、そのルートも封鎖されてしまうのだ。

再び小樽の港を発した明光丸は、ここ紋別港の沖合に碇を下ろした。
港から1.3~1.4㎞にわたって暗礁が広がっており、蒸気船だとそれ以上近付けないためだ。
和船でも200~300mほど距離をとるのが普通で、あとは小舟を漕ぎ出して浜と往来するしかない。

松浦武四郎卿に導かれて紋別の港に降り立った隼人・草介・由良乃は、思わぬ光景に目を丸くした。

「なんでぇ、これぁ随分と……」
「賑やかなところなのですね」

若者二人が驚きの声を上げるのも無理はない。想像していた以上に、紋別の港は活気に満ちていたからだ。
無論町としての規模は大きくはない。だが、忙しく立ち働く人々の熱がここにはあった。

「意外やったか。ここは大昔から漁場として栄えとったからな。せやけど……様子はなんも変わってへんな」

顔を曇らせた武四郎の視線の先を、隼人たちも我知らず追ってしまう。
そこには独特の文様を施した樹皮の衣を着た人々が、次々に荷を運んでいた。
男はいずれもおかっぱのような髪に髭を蓄え、精悍な空気をまとっている。
子を抱いている女たちはみな、口の周囲に唇が青く広がったかのような模様の刺青を入れていた。

「あの方々は……」
「アイヌの人らや。和人が来るよりもずっと前からここに住んではった人々やで。しかしな……今も和人があの人らを使役しとるんや」

北海道の統治は歴史的に、松前藩によるものと幕府の遠国奉行によるもの両方の時期がある。
だが広大な土地における各地の統治は困難を極め、実質的にはそれぞれの港や漁場を拠点に活動していた商人たちに委託されたのだ。
これを「場所請負制ばしょうけおいせい」という。
和人とアイヌとの関係は、当初は緩やかな交易によって結び付いていたものと考えられている。
しかし徐々に日本の商人たちは在地の彼らを圧政支配するようになり、度々アイヌによる大規模な武力蜂起が起こっていた。

この場所請負制は1869(明治2)年9月に開拓使によって廃止されるが、権益を失う商人たちの反発にあい僅か1か月後には「漁場持ぎょばもち」と名を変えて存続することになる。

「松浦卿は開拓使の判官をお務めであられましたな」
「うん。せやけど漁場持のことで幻滅してなあ。辞めてしもた。それも明治の9年で廃止されたはずやけど、相変わらずアイヌの人らをこき使っとるんやな……。郵便配達もあの人らにやらせて、えらい上前はねてるて聞いたぞ」
「なんとかなんねえのかよ、ご隠居」

船旅を通してすっかり武四郎に懐いた草介は、いつの間にか彼をご隠居と呼ぶようになっていた。
武四郎は寂しそうに微笑むと、かすかに首を振る。

「わしにできることは今も試みとるよ。これから回収する地図の力が、なんぼか役立ったらええけどなあ」

武四郎はそう言うと、先頭を切って足を踏み出した。
山を迂回して西へ向かい、突き当たりの渚滑川しょこつがわに沿って遡上するのだという。

が、御留郵便の三人は出発して間もなく、武四郎のとんでもない健脚ぶりに肝を潰した。
速い、速い、速い――。

紋別までの船中で、自ら工夫して修得した歩き方があるのだと語っていた。
それを“神足歩行術”と名付けたとも言っていたが、草介などは話半分に聞いていたのだ。
だがさすがは都合六度もの踏査で、北海道をくまなく歩いた男だ。
武四郎に追従するのがやっとという状態の三人がようやく息をついたのは、小高い場所から眼下に集落が見えてきた頃だった。

「あそこのコタンが目的の場所や。コタンいうたら村のことやけどな。地元の人らは、キイ・コタンて呼んどった」

そこにはアイヌの人々が暮らすかやで屋根と壁をつくった家と、板葺き板張りの屯田兵屋へいおくが共に建ち並んでいた。
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