王子と公爵令嬢の駆け落ち

七辻ゆゆ

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「捕虜を売り飛ばすだと……!?」
「上は何を考えているんだ。そんなことを言われて、そのまま帰したと?」
「ただでさえ無能を晒しているというのに……」
「くそっ、あいつらの無事ひとつ確認できてないんだぞ。まさかもう、既に」

 話し合いの場にとって捕虜はカードのひとつにすぎないが、現場にとってはそうではない。兵士たちは仲間の状況を案じ、憤った。
 その扱いは自分たちが受けたかもしれないものなのだ。
 放っておくわけにはいかない。

「助けに行くぞ」
「待て、命令が……」
「それが何だ、上が助けねえなら、俺達が動くしかないだろ。どうせ落ちぶれた王の国だ」

 彼らは奪還のための計画を練り始めた。




「ねえ、もう捕虜を連れて帰ったらいいんじゃない?」
「……よろしいのですか?」

 サティの言葉に護衛、とても可愛い犬のような男が上目遣いに聞いてくる。二人はベッドの上で、戯れに体に触れ合っていた。
 既に深い関係にある。
 サティは男を気に入っていた。強くて、そしてサティに逆らわない。身長が高いのに童顔で、可愛らしい表情をする。

「いいじゃない。最近眠くて……ほんと、こんな田舎に来るんじゃなかったわ」
「眠い?」

 ふあ、とサティがあくびをする。
 外は日が落ちかけているが、夕食もまだで、眠るような時間ではない。

「そうよ。それにイライラするし。これはあのクソ王子のせいね」
「あれが仮にも婚約者だなんて、可哀想に」
「ん……」

 男はサティの頭を撫でながら聞く。

「月のものは来ているんですか?」
「ああ……まだ来てないわ……え、そういうこと?」

 サティはがばりと起き上がって、自分の腹部を撫でた。
 眠くてイライラする、それは妊娠の兆候かもしれない。だとするとここに、可愛い男との子供がいることになる。

「やったわ!」
「えっ、あ、うん。そうだね?」
「そうに違いないわよ、だって私、あなたのこと好きだもの!」

 いったいその理屈は良くわからない。男は医者でもないので、妊娠したかどうかもわからなかった。もしかしたら、と思って聞いただけだ。
 しかしサティが喜んでいるので、抱きしめ返した。男はいろいろなことを深く考えるのが苦手なのだ。

「愛があるから子供ができたのよ。きっと可愛い子よ。ふふっ、これであの男は用済み……」
「侵入者だ!」
「……なに、うるさいわね」

 いい気分でいたところを、外からの怒声に邪魔されてしまった。サティは不機嫌になりながら、窓の外を見ようとする。

「待って。危ないかもしれない」

 さすがに男は止めた。
 深く考えはしない男だが、護衛という立場をまるきり忘れてしまったわけではない。ましてや、ここはきな臭い国境の地なのだ。育ちがいいわけでもない彼は、そこまで楽観的にはなれない。

「見てくるから、ここにいて」
「えー。私を守ってくれるんじゃないの?」
「うん……」

 男は困ったが、確かに、外にもきちんと見張りがいるのだから、自分が出ていく必要はないのかもしれない。
 サティを一人にするのも心配だ。どうにも、彼からしても、おかしなことをしでかしそうな女であった。

「わかった。君を守るよ」

 しかしそう言ったそばから、外の声が激しくなっていく。

「おい、気をつけろ!」
「敵は、敵はどこだ!」
「そいつだ!」
「馬鹿、俺は味方だ、どこ見てやがる!」
「見えるかよっ!」

 夕暮れ頃であったせいで、敵か味方かわからない状況らしい。襲撃者がどれほどいるのかわからないが、味方よりは少ないのだろう。それで、同士討ちが生まれている。
 そんな中、ひときわ大きな声が聞こえた。

「ひるむな、同胞を救い出せ!」
「おお!」

 サティはそれを興味深く聞いていたが、ふと、気付いた。

「捕虜を助けようとしてるの?」
「そうかも」
「なによ、それ、だめよ」
「そうだね」
「あの人達は必要とされるところに行くべきよ。なによ、今更来るなんて」

 せっかく良い案を出してあげたのに、とサティは唇を尖らせる。
 自分のやったことが無駄になるのは嫌なことだ。ずっと王子に媚びていたのに、それがゴミクズみたいな男だと気づいたときみたいに。

「ちょっと、早く阻止してきて」
「離れてもいいの?」
「いいわよ、どうせ、外に見張りもいるんだから」
「じゃあ、気を付けて」

 護衛の男は一応の気遣いの言葉を残して部屋を出た。ここはとにかく戦場なのだから、のんびり落ち着いているなんて気がしれない。
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