王子と公爵令嬢の駆け落ち

七辻ゆゆ

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 残されたサティはしばらくそのままでいた。すぐに侵入者を捕らえたという知らせが来るものだと信じているのだ。
 しかし外の騒ぎはなかなかおさまらず、誰も来ない。

「もう、みんなちゃんとしてないんだから」

 サティは好奇心にかられて窓に近づいた。こちらにも見張りがいたはずだが、姿が見えない。どうやら騒ぎの中心地に駆けつけたらしい。
 ひとりだけ取り残された気分になり、サティはむっとした。行き来する兵士たちをつまらない気分で眺める。

 と、その中に兵士らしからぬ姿を見つけた。

「アベルトじゃない」

 無能のくせに兵たちに偉そうに指示しているようだ。

「あなたはもうそんな立場じゃないのよ。……失敗したわ。ただの兵隊として送り込むべきだったわね」

 そんなことをしたら王子の婚約者という立場を得た意味がなくなる。わかっていても、今のサティにはどうでも良いことだった。あんな男、もっと最高にひどい目にあわせるべきだったのだ。

 腹立ちのままに身を乗り出したが、アベルトはサティに気づきもせずに急ぎ足に去っていった。そのあとを兵士たちが追っている。

「……」

 あの男にいったい何ができるというのか。
 サティは気づけば窓から足を踏み出していた。アベルトにできることなら自分でもできるはずだ。この隊の実質的な指揮官は自分のはずなのだ。

 風を感じてわずかに震えたが、サティは怖いもの知らずだった。だいたい周囲には味方の兵ばかりだ。侵入者がいたって、きっと大した数ではない。

「ちょっとあなた」
「はっ? えぇと……ルンギ男爵令嬢?」
「サティ様でいいわよ、めんどくさいわね」
「は、はい。その、なんでしょうか」
「侵入者があったんでしょ? 捕虜のところに案内してちょうだい」
「えっ」
「この隊の管理者として、見ておく必要があるの」

「で、ですが、アベルト殿下が」
「あれは私の婚約者よ!」

 サティとしては、アベルトはただの自分の付属物だと言ったつもりだ。
 しかし言われた兵は、殿下の婚約者なら、ある程度は言うことを聞くべきなのだろうと思った。

 それにしても貧乏くじを引いてしまったと兵士はげんなりする。サティはとにかく騒がしく、護衛とべたべたしているし、評判が全くよくないのだ。
 たとえアベルトの婚約者でなくとも、緊迫した状況で浮ついていられたら目障りである。

「ほら、さっさと案内して!」
「……はい」

 適当なところで逃げよう、と彼は思った。案内さえすればアベルト王子がなんとかしてくれるだろう。
 騒ぎがあったからと、できるだけそこから離れようとしたのがいけなかったのだ。きっと天罰だと諦めるしかない。

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