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「ミ、ミラッダ様、南に火が!」
兵士の叫び声に、ツァンテリは外に飛び出してそれを確認した。何度も見た方向なので、確実にそこが王家派の陣地だとわかる。
「殿下……!」
思わずツァンテリは叫び、それから胸に手を当て一呼吸した。焦っても良いことはない。
「動けるものをすぐに派遣して。私の馬の用意も」
「はっ!」
火は一箇所だけで上がっている。多くの兵士が動いている様子も見えたが、乱戦という気配ではない。少なくともアズラージアが総力戦をかけてきたわけではなさそうだ。
であれば、捕虜が逃げたか、あるいは捕虜を助けるものが来たか。考えられることすべてを考えるなら、反乱という可能性もある。
行ってみなければわからない。
公爵派としては王家派のことと放っておくこともできたが、ツァンテリにその選択肢はない。アベルト王子は次の王になるべき人だ。
すぐに馬に跨り、駆ける。
先に向かっていた者たちが教えてくれる。
「どうやら侵入者があったようです! 捕虜のいる周辺が騒がしいです」
「そう。私もそちらに」
「はっ……その、しかし、危険です!」
「ラードル様が来られない以上、私が参ります」
いかにも仕方がないという言いようだが、ツァンテリ自身が行きたいだけだ。
ろくに外にも出なくなったラードルにはもう何も期待していない。
それでも止めようとするものもいたが、構わずツァンテリは馬を降り、混乱する兵士たちの中に割り込んだ。
彼らはツァンテリに罵声を浴びせようとしたが、それが女であることに気づいたのだろう、ぎょっとして身を引いてくれた。
「向こうだ、ひとり!」
「ふたり確保した! 応援を頼む、縛るものを!」
「くそっ、逃げられた!」
「ぐっ、こいつ、強いぞ!」
「やめろ、離れていてくれ、邪魔だ!」
兵があまりに密集しているせいで混乱がひどい。これ以上近づけば、自分も混乱の原因になってしまいそうだ。
ツァンテリは背伸びをして状況を確認しようとした。その時だ。
「あ」
目が合った。
これだけ兵のいる中で、闇を篝火だけが照らしている中で、どうしてわかってしまうのだろう。
きっと、だからこそ王なのだ。
ツァンテリはそう思って、微笑んだ。
(無事でよかった)
一方のアベルトはひどく動揺した。
「なぜ……」
ツァンテリは公爵派の陣地で安全に守られているはずだった。それがどうして、こんな場所で、微笑んでいるのか。
これは幻だろうか?
幻だったとしても、こんなところにいてはいけない。アベルトは足を踏み出し、ツァンテリの元へと向かった。
「あいつか……!」
その時、声をあげたものがいた。
捕虜たちを救出に来たアズラージアの兵だ。
(捕虜を売ると言った、アベルト王子の婚約者!)
彼はその女に強い怒りを感じていた。女の顔も名前も知らない。しかし目の前に、高慢な貴族らしい女がおり、アベルト王子がそちらに向かおうとしている。
(血も涙もない女。これからも我が国の邪魔になる!)
彼は、彼が思うアベルトの婚約者に目標を定めた。
そもそもこの混乱の中、彼も目的を見失っている。助けようとした捕虜たちがどこに行ったかわからない。仲間たちともはぐれている。
(あの女を殺そう)
殺して帰れば、英雄として讃えられるはずだ。
男は足を踏み出す。混乱の中、上手く敵兵の上着を奪っており、目立たずにツァンテリに近づける。そのままそっと、刃物を差し出すだけだ。相手はろくに武装もしていない女だ。
「な……っ」
彼の動きに気づいたのはアベルトだった。
アベルトはツァンテリを見ていたから、近づく不審な姿を見咎めた。そして彼の手の中に光る刃があることも知った。
「ツァンテリ!」
「え?」
叫び声を聞いて、ツァンテリは、アベルトの視線の先を見た。そしてはっきりと、自分に向けられた殺意の視線に気づいた。
とっさに身を引こうとしたが、そこにいた兵士に背中がぶつかるだけだ。ツァンテリにできることはもう、身構えて衝撃を殺すだけだった。
これで終わりかもしれない……と少し思った。
(それはそれで良いのかもしれない。私がいなくなれば、公爵派はまとまりをなくす)
ラードルだけでまとめられるわけがない。
ツァンテリは王となったアベルトを思う。きっと苦労は多いだろう。思うと、ひどく悪いことをしたような気になる。自分は死んで、これは逃げたようなものだ。
けれどツァンテリが選んだことではないから、許してほしい。
「ツァンテリ!」
「……っ!?」
「こっちへ!」
ぐいと体が強引に引かれ、気づけばツァンテリはアベルトの腕の中にいた。
「でん、か……?」
気づけば死の刃は遠い。どうやら相手も、兵たちの多さに遮られてツァンテリに届かなかったのだ。かわりにアベルトが、ツァンテリを引き寄せ、庇いながら進んでいく。
「ここを離れた方がいい」
「……ええ」
ツァンテリは頷き、自分の足で歩み始めた。
ここは危険だ。何があるかわからないような場所に、次代の王を置いていくわけにはいかない。
でもそんなことよりも、アベルトにしっかり抱かれているのが心地よかった。
舞踏会のように、他人を避けて、すり抜けて進む。そこには正しいテンポがあった。荒れた気配も二人の間にまでは届かない。
アベルトもまた、ツァンテリとのかつてない近さを感じていた。ここにいる。大事な人だ。これほど価値のある人はいない。
必ず守らなければならない。
誰も、二人を害さない場所へ。
抱き合うように進んでいく二人の姿を、サティが見ていた。
兵士の叫び声に、ツァンテリは外に飛び出してそれを確認した。何度も見た方向なので、確実にそこが王家派の陣地だとわかる。
「殿下……!」
思わずツァンテリは叫び、それから胸に手を当て一呼吸した。焦っても良いことはない。
「動けるものをすぐに派遣して。私の馬の用意も」
「はっ!」
火は一箇所だけで上がっている。多くの兵士が動いている様子も見えたが、乱戦という気配ではない。少なくともアズラージアが総力戦をかけてきたわけではなさそうだ。
であれば、捕虜が逃げたか、あるいは捕虜を助けるものが来たか。考えられることすべてを考えるなら、反乱という可能性もある。
行ってみなければわからない。
公爵派としては王家派のことと放っておくこともできたが、ツァンテリにその選択肢はない。アベルト王子は次の王になるべき人だ。
すぐに馬に跨り、駆ける。
先に向かっていた者たちが教えてくれる。
「どうやら侵入者があったようです! 捕虜のいる周辺が騒がしいです」
「そう。私もそちらに」
「はっ……その、しかし、危険です!」
「ラードル様が来られない以上、私が参ります」
いかにも仕方がないという言いようだが、ツァンテリ自身が行きたいだけだ。
ろくに外にも出なくなったラードルにはもう何も期待していない。
それでも止めようとするものもいたが、構わずツァンテリは馬を降り、混乱する兵士たちの中に割り込んだ。
彼らはツァンテリに罵声を浴びせようとしたが、それが女であることに気づいたのだろう、ぎょっとして身を引いてくれた。
「向こうだ、ひとり!」
「ふたり確保した! 応援を頼む、縛るものを!」
「くそっ、逃げられた!」
「ぐっ、こいつ、強いぞ!」
「やめろ、離れていてくれ、邪魔だ!」
兵があまりに密集しているせいで混乱がひどい。これ以上近づけば、自分も混乱の原因になってしまいそうだ。
ツァンテリは背伸びをして状況を確認しようとした。その時だ。
「あ」
目が合った。
これだけ兵のいる中で、闇を篝火だけが照らしている中で、どうしてわかってしまうのだろう。
きっと、だからこそ王なのだ。
ツァンテリはそう思って、微笑んだ。
(無事でよかった)
一方のアベルトはひどく動揺した。
「なぜ……」
ツァンテリは公爵派の陣地で安全に守られているはずだった。それがどうして、こんな場所で、微笑んでいるのか。
これは幻だろうか?
幻だったとしても、こんなところにいてはいけない。アベルトは足を踏み出し、ツァンテリの元へと向かった。
「あいつか……!」
その時、声をあげたものがいた。
捕虜たちを救出に来たアズラージアの兵だ。
(捕虜を売ると言った、アベルト王子の婚約者!)
彼はその女に強い怒りを感じていた。女の顔も名前も知らない。しかし目の前に、高慢な貴族らしい女がおり、アベルト王子がそちらに向かおうとしている。
(血も涙もない女。これからも我が国の邪魔になる!)
彼は、彼が思うアベルトの婚約者に目標を定めた。
そもそもこの混乱の中、彼も目的を見失っている。助けようとした捕虜たちがどこに行ったかわからない。仲間たちともはぐれている。
(あの女を殺そう)
殺して帰れば、英雄として讃えられるはずだ。
男は足を踏み出す。混乱の中、上手く敵兵の上着を奪っており、目立たずにツァンテリに近づける。そのままそっと、刃物を差し出すだけだ。相手はろくに武装もしていない女だ。
「な……っ」
彼の動きに気づいたのはアベルトだった。
アベルトはツァンテリを見ていたから、近づく不審な姿を見咎めた。そして彼の手の中に光る刃があることも知った。
「ツァンテリ!」
「え?」
叫び声を聞いて、ツァンテリは、アベルトの視線の先を見た。そしてはっきりと、自分に向けられた殺意の視線に気づいた。
とっさに身を引こうとしたが、そこにいた兵士に背中がぶつかるだけだ。ツァンテリにできることはもう、身構えて衝撃を殺すだけだった。
これで終わりかもしれない……と少し思った。
(それはそれで良いのかもしれない。私がいなくなれば、公爵派はまとまりをなくす)
ラードルだけでまとめられるわけがない。
ツァンテリは王となったアベルトを思う。きっと苦労は多いだろう。思うと、ひどく悪いことをしたような気になる。自分は死んで、これは逃げたようなものだ。
けれどツァンテリが選んだことではないから、許してほしい。
「ツァンテリ!」
「……っ!?」
「こっちへ!」
ぐいと体が強引に引かれ、気づけばツァンテリはアベルトの腕の中にいた。
「でん、か……?」
気づけば死の刃は遠い。どうやら相手も、兵たちの多さに遮られてツァンテリに届かなかったのだ。かわりにアベルトが、ツァンテリを引き寄せ、庇いながら進んでいく。
「ここを離れた方がいい」
「……ええ」
ツァンテリは頷き、自分の足で歩み始めた。
ここは危険だ。何があるかわからないような場所に、次代の王を置いていくわけにはいかない。
でもそんなことよりも、アベルトにしっかり抱かれているのが心地よかった。
舞踏会のように、他人を避けて、すり抜けて進む。そこには正しいテンポがあった。荒れた気配も二人の間にまでは届かない。
アベルトもまた、ツァンテリとのかつてない近さを感じていた。ここにいる。大事な人だ。これほど価値のある人はいない。
必ず守らなければならない。
誰も、二人を害さない場所へ。
抱き合うように進んでいく二人の姿を、サティが見ていた。
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