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「どういうことよ……!」
それを認識した瞬間、サティの頭からはすべてが飛んだ。
目の前でアベルトがツァンテリと抱き合って走り去ったのだ。
「馬鹿にしてるの!?」
そんなこと許せるはずがない。
アベルトの婚約者はサティだ。いや、アベルトがサティの婚約者なのだ。たとえサティがアベルトをいらないと言って捨てたって、アベルトには永遠に自由なんてない。
今まで捧げてきた愛情を裏切ったのだから、これからはアベルトがサティに贖うのだ。そうでなければ、あまりにも馬鹿にしている。理不尽だ。
(あの男、殺してやる。あんたは私のものなんだから、私が生かしてやってるだけなのよ!)
サティのそばにつくものはいない。案内してくれた兵がどこかに行ったことを、サティは気にもしていなかった。周囲は自分の味方ばかりだとわかったことで満足したのだ。
今は二人のことしか考えていない。
自分がたった一人、ふらふらと人気のない場所に向かっていることを深く考えもしない。
アベルトとツァンテリもまた、いくらか夢見がちに人混みを離れた。幸い襲撃者は現れない。兵士に見咎められ、あるいは、深追いせずに逃げ出すことを選んだのかもしれない。
松明の明かりがわずかだけ届く場所で、二人は立ち止まった。
「殿下。……ありがとうございました」
「いや……当然のことだよ。それよりなぜ、ここに」
「殿下のことが心配で……申し訳ありません、私が来たことで、殿下を危険に晒してしまいました」
アベルトは何を言っていいかわからなくなった。
ツァンテリはここに来てはいけなかった。それは間違いないだろう。けれど、嬉しかった。
心配されたことも、こうして共にいられることも、偶然がもたらした幸福に思えてならない。
そんな中で、無粋な言葉を紡ぐ意味などなかった。どうでもよかった。ここにツァンテリがいる。
「ツァンテリ、もうしばらくこうしていてほしい」
「……はい、殿下」
アベルトの言葉にツァンテリは目を見開き、静かに閉じた。まつげの震えひとつで、世界が揺れるようだった。
「本当は、ずっと……」
「ええ」
ずっとこうしていたい。
けれど無理な話だった。今もツァンテリは探されているだろう、アベルトも、こうして好きにしていられる時間ではない。
少しだけだ。
そう自分に言い聞かせて、こうしている。少しだけ。
「ええ……殿下。とても、嬉しいです」
「うん……」
手と手を絡めた。
ふれあいは初めてのことだった。それでも、とても慎ましくなどできない。最初で最後に違いないのだ。指を絡め合い、互いの熱を確かめた。
「何をしてるのよ……!」
そこに、純粋な怒りを込めた声が割って入った。
アベルトははっとして、ツァンテリの手を離す。ツァンテリもまた、とっさにアベルトから距離を取った。
その揃った動きさえ馬鹿にされているように思え、サティの怒りに油を注いだ。
「そうっ……あんたたち、そういうことね! そういうことだったのね。汚らわしい!」
「……」
ツァンテリは何か告げようとして、黙った。
二人は既に婚約者ではない。そんな相手と手をつなぎ合っていたのだから、不貞に違いはないのだ。
「そうやって裏であたしを笑ってたんだ? くそっ、クソ野郎! どれだけ馬鹿にすれば気が済むの!」
「サティ」
「馴れ馴れしく呼ばないで! サティ様でしょ!? あんたはもうあたしの上の立場じゃない。汚らわしいただのお荷物のくせに、浮気だなんて!」
アベルトは苦笑した。
裏切り者であるアベルトは、既に彼女らに切り捨てられている。アベルトが誰と何をしようとどうでも良いはずだ。しかしアベルトのやることに彼女は怒りを覚えるらしかった。
つまりはもう、すべてが怒りの対象なのだろう。
「もう、いいわ、あたしにはこの子がいるんだから。あんたはもう用済みよ」
「……妊娠したのか」
「そうよ。あんたより百倍可愛くて、百倍わきまえた男の子よ。あんたなんて、お飾りの親にもしてあげない。もう……死んでよ!」
サティは懐から守り刀を取り出した。
王家の宝物庫から見つけ出したものだ。王子の婚約者にふさわしいと皆喜んで、サティに持たせてくれた。戦いの場にいくのだから、これくらいのものは必要だろうと。
上位貴族のことにサティは詳しくない。だが「誇りを守るため」令嬢が守り刀を持っているのは知っていた。
きっと今がその時だ。自分の誇りを守るのだ。
細身で、飾りばかりが主張する小刀だが、それでも刃だ。人を殺せる。
それを認識した瞬間、サティの頭からはすべてが飛んだ。
目の前でアベルトがツァンテリと抱き合って走り去ったのだ。
「馬鹿にしてるの!?」
そんなこと許せるはずがない。
アベルトの婚約者はサティだ。いや、アベルトがサティの婚約者なのだ。たとえサティがアベルトをいらないと言って捨てたって、アベルトには永遠に自由なんてない。
今まで捧げてきた愛情を裏切ったのだから、これからはアベルトがサティに贖うのだ。そうでなければ、あまりにも馬鹿にしている。理不尽だ。
(あの男、殺してやる。あんたは私のものなんだから、私が生かしてやってるだけなのよ!)
サティのそばにつくものはいない。案内してくれた兵がどこかに行ったことを、サティは気にもしていなかった。周囲は自分の味方ばかりだとわかったことで満足したのだ。
今は二人のことしか考えていない。
自分がたった一人、ふらふらと人気のない場所に向かっていることを深く考えもしない。
アベルトとツァンテリもまた、いくらか夢見がちに人混みを離れた。幸い襲撃者は現れない。兵士に見咎められ、あるいは、深追いせずに逃げ出すことを選んだのかもしれない。
松明の明かりがわずかだけ届く場所で、二人は立ち止まった。
「殿下。……ありがとうございました」
「いや……当然のことだよ。それよりなぜ、ここに」
「殿下のことが心配で……申し訳ありません、私が来たことで、殿下を危険に晒してしまいました」
アベルトは何を言っていいかわからなくなった。
ツァンテリはここに来てはいけなかった。それは間違いないだろう。けれど、嬉しかった。
心配されたことも、こうして共にいられることも、偶然がもたらした幸福に思えてならない。
そんな中で、無粋な言葉を紡ぐ意味などなかった。どうでもよかった。ここにツァンテリがいる。
「ツァンテリ、もうしばらくこうしていてほしい」
「……はい、殿下」
アベルトの言葉にツァンテリは目を見開き、静かに閉じた。まつげの震えひとつで、世界が揺れるようだった。
「本当は、ずっと……」
「ええ」
ずっとこうしていたい。
けれど無理な話だった。今もツァンテリは探されているだろう、アベルトも、こうして好きにしていられる時間ではない。
少しだけだ。
そう自分に言い聞かせて、こうしている。少しだけ。
「ええ……殿下。とても、嬉しいです」
「うん……」
手と手を絡めた。
ふれあいは初めてのことだった。それでも、とても慎ましくなどできない。最初で最後に違いないのだ。指を絡め合い、互いの熱を確かめた。
「何をしてるのよ……!」
そこに、純粋な怒りを込めた声が割って入った。
アベルトははっとして、ツァンテリの手を離す。ツァンテリもまた、とっさにアベルトから距離を取った。
その揃った動きさえ馬鹿にされているように思え、サティの怒りに油を注いだ。
「そうっ……あんたたち、そういうことね! そういうことだったのね。汚らわしい!」
「……」
ツァンテリは何か告げようとして、黙った。
二人は既に婚約者ではない。そんな相手と手をつなぎ合っていたのだから、不貞に違いはないのだ。
「そうやって裏であたしを笑ってたんだ? くそっ、クソ野郎! どれだけ馬鹿にすれば気が済むの!」
「サティ」
「馴れ馴れしく呼ばないで! サティ様でしょ!? あんたはもうあたしの上の立場じゃない。汚らわしいただのお荷物のくせに、浮気だなんて!」
アベルトは苦笑した。
裏切り者であるアベルトは、既に彼女らに切り捨てられている。アベルトが誰と何をしようとどうでも良いはずだ。しかしアベルトのやることに彼女は怒りを覚えるらしかった。
つまりはもう、すべてが怒りの対象なのだろう。
「もう、いいわ、あたしにはこの子がいるんだから。あんたはもう用済みよ」
「……妊娠したのか」
「そうよ。あんたより百倍可愛くて、百倍わきまえた男の子よ。あんたなんて、お飾りの親にもしてあげない。もう……死んでよ!」
サティは懐から守り刀を取り出した。
王家の宝物庫から見つけ出したものだ。王子の婚約者にふさわしいと皆喜んで、サティに持たせてくれた。戦いの場にいくのだから、これくらいのものは必要だろうと。
上位貴族のことにサティは詳しくない。だが「誇りを守るため」令嬢が守り刀を持っているのは知っていた。
きっと今がその時だ。自分の誇りを守るのだ。
細身で、飾りばかりが主張する小刀だが、それでも刃だ。人を殺せる。
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