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中:お金の話をしましょうねえ
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「といっても、殿下にとって優先すべきは城への納入、つまり食事だったみたいですねえ。城がそんな状態じゃ、貴族の誇りもなにも……ああ、側近の方々は自分の家で食事できますもんね。城の物資納入が滞って困るのは殿下だけ」
「はっ? そんなことは……」
「いいんじゃないですか? 大事ですもんね、体面。殿下にはまずい飯を食っても、堂々たるお姿でいてくれませんとね」
「そ、そんな話はしていない!」
動揺した側近1をまずいとみたのか、側近2が割り込んできた。
「何が一番など言えないほど、問題が多々あるということだ! これというのもみな、貴様のような平民を文官に取り立ててしまったがゆえに」
「そっすか。じゃあクビにしてよかったっすね」
めでたしめでたし。メグは肉に香辛料を塗り込み、かまどの火に燃焼剤をぶち込んで全開火力にした。
「ぐあっ!」
なんか王子が驚き、身を守るように一歩下がった。ビビりすぎである。
自分でもみっともないと思ったのか、顔を赤くして叫んだ。
「な、なんという無責任な!」
「そうだっ! 自分がしでかしたことの責任をとれ!」
「はあ。何をしでかしたんですか、私」
「無能な平民め、そんなこともわからないのかっ」
「何したんです?」
するともごもご言っているのだから、ご立派なことである。かわりに側近君が同じくらいの声をあげた。
「城を機能不全に陥らせた!」
「そうだっ、機能不全だ!」
「それで、さっきから本題はまだっすか? 私にどうしてほしいんですか」
城の現状を知るのは正直面白かったが、いつまでも馬鹿の相手をしていられない。メグはかまどの火をいじって火力を調整する。
「決まっているだろう! 国に戻って、やり直せ!」
「いや私のせいで機能不全になったんでしょ」
「そうだ!」
「だったら戻っても同じことの繰り返しじゃないすか。馬鹿なんですか?」
「なっ……」
至極当たり前のことを言ったのだが、王子は絶句してしまった。側近たちもろくに返答を思いつけないようだ。
さすがの役の立たなさである。
「……つ、次は、ちゃんとお前を使ってやると言っている!」
「いりませんよ。話は終わりでいいですか?」
「何を言っている!」
「いやだから、使ってやると殿下が言って、私が断りましたよ。話は終わりですよね」
「この俺がこうして、こんな場所までおわっ!?」
「ですよね、終わりましたよね」
「ち、ちがう! なんだその火は!」
「いや火ですけど」
天井まで上がる炎である。
「おっ、今日はいい時に来た!」
「よく燃えてるねえ!」
「メグちゃん、輝いてるぜ!」
「あはは、燃えてますよ~!」
メグは客の声援に応えながら、鉄串に刺した肉をあぶっていく。
うひょ~と歓声が上がるのもよくわかる。こうして料理しているメグ自身、たまらない匂いとじゅわじゅわという音にやられて腹が鳴りそうだ。
「うっ……」
「く、くそ」
「お、おい、メグ」
それは王子と側近もそうだったようだ。
あからさまに物欲しそうな目を肉に向けている。
「おやどうしました殿下。まるで物乞いみたいな目ですよ」
「はあっ!?」
「ああ、失礼。もちろんそんなはずはないですよね。ビファリアの王子が平民の食事を求めるなんて」
「そ……あ、あたりまえだ。そのような粗末な食事を、よく食えるものだ」
「では話も終わったので、帰っていただいて」
「勝手なことを……!」
「おい、肉がいらねえなら退けや、兄ちゃんら」
「ひぃっ?」
「そうだ、こっちは遊びじゃねえんだ!」
「メグちゃんの肉ぅ、焼きたてぇ!」
「お、おおおお!?」
肉を求める客に押されて、王子たちは壁際に押しやられた。
用もないのにカウンター前にいるからである。メグは肉の分配にひとしきり忙しくなった。その間にも、姐さんが日替わりチャーハンをずんずか作っている。こうして少人数で回している店なのだ。
必要とされていることがわかっているから、メグはここを離れたくない。
顔を知られているあの国を出て、道々に職を探し、この店に拾ってもらえたのは本当に幸いだった。姐さんをはじめ、みなきちんとした人ばかりだ。
おかしな客がいても、きちんと排除されていく。それがなにより素晴らしい。
だからこそ、この王子をわからせなければならない。
「なんという、野蛮なっ……このような者どもと同類になるつもりか! メグ、国に戻れ! 我が国の文官としての責務を果たせ!」
肉が完売し、客がはけるのをしっかり待ってから王子が言う。
メグは苦笑した。
「だから、私が帰ったところで同じですよ。国を亡ぼすおつもりですか」
「ずっとお前がいればいいだろう!」
情熱的なお言葉だ。
使用人のように扱われ、それでも国のためと働いていたころなら、言われて嬉しかっただろうか。
今はもうわからない。
都合のいいことだと思うだけだ。
「無理でしょうね。ビファリア城の平民の下働きの平均年齢って知ってます? ……ああ、目にすることがないんでしょうねえ。見事に若者ばっかりなんすよ。使いつぶされて、だいたい三十で引退、長く生きて四十と言われています」
「そ、それがなんだ、平民の身で国に奉仕できたなら喜ぶべきだ。下賤のものが長生きしたところで、無駄に……」
「城であのまま働いていたら、私も十か二十年後には終わっていたということです。つまり、ちょうどあなたが即位するかなというあたりで、今の混乱が起こるってことですよ? 立場大丈夫です?」
ぐっと王子が黙った。
「そこでどうにかする目算、あるんすか」
「……どうとでもなるだろう! そ、そうだ、お前が次を育てれば」
「まともな人がくりゃいいですけどねえ。そもそも私、ひとつも休みなかったですが、後進育成時間はどっからだすんです?」
「そのぶん仕事を減らして……」
「減らせませんよ、無理無理。その減らしたぶんお貴族様がやるんですよ? 平民がいるのに? やらないやらない」
「こうしてこの俺が、時間を割いているだろうが!」
「それなんすよねえ」
メグはかまどと串を片付けながら首をかしげた。
「どうしてそんな無駄をしたんですか?」
「なっ、貴様、貴様が国を捨てるなどという恥知らずなことをしたせいではないか!」
「因果じゃなくて。どうしてその時間と金を使って、現場の対応をしようと思わなかったんですか? そこまで能力がないんですか?」
「この俺に、平民のような働きをしろというのか!」
「はあ」
メグは溜息をついて、こめかみを押さえた。
別にみんながみんなメグのような働きをする必要はない。貴族が素晴らしいものかはともかく、適材適所はメグも認めるのだ。
「あのねえ、あなたがたがここに来るまで、いくらかかりました?」
すると王子も、側近も何を言われているかわからないという顔をした。
「そんな細かなことを覚えているわけがないだろう」
「はあ。お金はどこから出したんですか」
「ふん、つまらんことを。そんなことより」
「どっから出したんです」
「……セディックが管理している」
「はっ。こちらから」
言われた側近セディックくんが懐から袋を取り出した。金貨の形がはっきり見える布袋だ。あまりにも警戒心がない。
友人がこんなことをしたら絶対に「金はいくつかに分けろ」「むやみに取り出すな」と言っているだろうが、彼らはメグの友人ではない。友人とは対極の輩である。
ので、そこについては何も言わないことにした。
「国内は顔をきかせて踏み倒したとして、こちらに入ってからは馬車ですか?」
「うむ。粗末な馬車だが旅中のことだ、許してやっている」
「まあ最高級のやつを関所のそばで借りたんだとしたら、ここに来るまで……一週間はかかりました?」
「いいや、そんなものではない! 二週はかかったはずだ」
なるほど、とメグは頷いた。
思ったよりかかっているが、そんなものかもしれない。
王子たちはメグの足跡を追ってきたはずだ。メグは職を探しながら歩いたので、追うのはそれほど難しくなかっただろう。しかし聞きまわっていたら時間を食うのは当然だし、この王子たちの聞き込みが上手かったとも思えない。
「まあ、馬車と御者で一日十万はかかってるはず。宿泊は……様子を見るにそんな高級宿ではなさそうっすね」
手の行き届いた高級宿なら、世話係くらいつけられるはずだ。王子と側近はあからさまに髪が乱れ、服がしわくちゃだ。
それもそうで、物理的に、このあたりには高級宿というものがない。一番高い宿にしたって、食事が少し豪華程度のはずだ。
まだ肉体労働の作業員が大量に必要な、辺境の地なのだ。
「一日一万として。食事代も適度にぼられたりしてるでしょうから、一日一万にしておきますか。あわせて十二万が二週間で百六十八万」
「うむ……?」
「それがどうした。高貴なる殿下にそのような些末な金の話をするなど……」
「そう、このくらいは些末。殿下の側近方はこれ以上の給料をもらってるはずだから。月百万はくだらない」
「馬鹿な。その程度ではない!」
「王太子殿下の傍付きなのだぞ。その倍はある」
堂々と言う側近をメグは白い目で見た。
しかし見ても良いことなどないので、すぐに視線を食材に向けて、皮をささっと剥いでいく。王侯貴族に出すわけじゃないので、ざっくりでいい。
「じゃあ、一日七万くらいでいいですか。それが三人。二十一万、二週間で二百九十四万。殿下は無能だからタダとしておくにしても」
「はあっ?」
「まあ三百万、これが往復で六百万」
「なんだ、それがどうした」
「私の給料って、せいぜい月五万でしたよ?」
「……それがどうした」
「本当に馬鹿ですか? この六百万があれば、私を10年雇えます」
「それがどう……」
言いかけて王子は黙った。
さすがに違和感くらいは持ってくれただろうか。
「さらにいえば平民にしては一応、多めにもらっていたんですよ。月三、四万も出せば優秀な平民を雇うくらいできるでしょう。これを十人にしても、一年雇い続けられます」
「……」
「一年もあれば何人か優秀に育って、私くらいの仕事をしてくれますよ。そうじゃないですか?」
「そん……」
「どうして六百万もかけて、私のところに来たんですか?」
ダンッ!とまた食材を切る。
その音だけが響いた。王子は側近を見た。側近は王子を見返して、どちらも口を開くことはなかった。
ダンッ、ダンッという音がしばらく響いてから、王子が顔を赤くして言った。
「い、今更の話だ! 終わった話ではないか!」
「今更戻れないのはわかりますけどね。で、どうするんすか」
「おまえが我が国に戻ればいい。そうでなければ、金を無駄にするのはおまえだ!」
「いや既に無駄になってるんすよ。私の給料より高い金を払って、私を迎えに来ちゃったんすから」
食材の半分を姐さんに渡して、鍋に水を入れて沸かす。
「今更の話をするなと言っているだろう!」
王子が大声を出すので、水面がゆらゆらと揺れた。客の数人がうっとうしそうに視線を向けたので、すぐに王子は縮みあがった。
簡単だな、とメグは思う。
彼の権力の地を離れてしまえば、ただの人、よりも弱いくらいの人だ。
「はっ? そんなことは……」
「いいんじゃないですか? 大事ですもんね、体面。殿下にはまずい飯を食っても、堂々たるお姿でいてくれませんとね」
「そ、そんな話はしていない!」
動揺した側近1をまずいとみたのか、側近2が割り込んできた。
「何が一番など言えないほど、問題が多々あるということだ! これというのもみな、貴様のような平民を文官に取り立ててしまったがゆえに」
「そっすか。じゃあクビにしてよかったっすね」
めでたしめでたし。メグは肉に香辛料を塗り込み、かまどの火に燃焼剤をぶち込んで全開火力にした。
「ぐあっ!」
なんか王子が驚き、身を守るように一歩下がった。ビビりすぎである。
自分でもみっともないと思ったのか、顔を赤くして叫んだ。
「な、なんという無責任な!」
「そうだっ! 自分がしでかしたことの責任をとれ!」
「はあ。何をしでかしたんですか、私」
「無能な平民め、そんなこともわからないのかっ」
「何したんです?」
するともごもご言っているのだから、ご立派なことである。かわりに側近君が同じくらいの声をあげた。
「城を機能不全に陥らせた!」
「そうだっ、機能不全だ!」
「それで、さっきから本題はまだっすか? 私にどうしてほしいんですか」
城の現状を知るのは正直面白かったが、いつまでも馬鹿の相手をしていられない。メグはかまどの火をいじって火力を調整する。
「決まっているだろう! 国に戻って、やり直せ!」
「いや私のせいで機能不全になったんでしょ」
「そうだ!」
「だったら戻っても同じことの繰り返しじゃないすか。馬鹿なんですか?」
「なっ……」
至極当たり前のことを言ったのだが、王子は絶句してしまった。側近たちもろくに返答を思いつけないようだ。
さすがの役の立たなさである。
「……つ、次は、ちゃんとお前を使ってやると言っている!」
「いりませんよ。話は終わりでいいですか?」
「何を言っている!」
「いやだから、使ってやると殿下が言って、私が断りましたよ。話は終わりですよね」
「この俺がこうして、こんな場所までおわっ!?」
「ですよね、終わりましたよね」
「ち、ちがう! なんだその火は!」
「いや火ですけど」
天井まで上がる炎である。
「おっ、今日はいい時に来た!」
「よく燃えてるねえ!」
「メグちゃん、輝いてるぜ!」
「あはは、燃えてますよ~!」
メグは客の声援に応えながら、鉄串に刺した肉をあぶっていく。
うひょ~と歓声が上がるのもよくわかる。こうして料理しているメグ自身、たまらない匂いとじゅわじゅわという音にやられて腹が鳴りそうだ。
「うっ……」
「く、くそ」
「お、おい、メグ」
それは王子と側近もそうだったようだ。
あからさまに物欲しそうな目を肉に向けている。
「おやどうしました殿下。まるで物乞いみたいな目ですよ」
「はあっ!?」
「ああ、失礼。もちろんそんなはずはないですよね。ビファリアの王子が平民の食事を求めるなんて」
「そ……あ、あたりまえだ。そのような粗末な食事を、よく食えるものだ」
「では話も終わったので、帰っていただいて」
「勝手なことを……!」
「おい、肉がいらねえなら退けや、兄ちゃんら」
「ひぃっ?」
「そうだ、こっちは遊びじゃねえんだ!」
「メグちゃんの肉ぅ、焼きたてぇ!」
「お、おおおお!?」
肉を求める客に押されて、王子たちは壁際に押しやられた。
用もないのにカウンター前にいるからである。メグは肉の分配にひとしきり忙しくなった。その間にも、姐さんが日替わりチャーハンをずんずか作っている。こうして少人数で回している店なのだ。
必要とされていることがわかっているから、メグはここを離れたくない。
顔を知られているあの国を出て、道々に職を探し、この店に拾ってもらえたのは本当に幸いだった。姐さんをはじめ、みなきちんとした人ばかりだ。
おかしな客がいても、きちんと排除されていく。それがなにより素晴らしい。
だからこそ、この王子をわからせなければならない。
「なんという、野蛮なっ……このような者どもと同類になるつもりか! メグ、国に戻れ! 我が国の文官としての責務を果たせ!」
肉が完売し、客がはけるのをしっかり待ってから王子が言う。
メグは苦笑した。
「だから、私が帰ったところで同じですよ。国を亡ぼすおつもりですか」
「ずっとお前がいればいいだろう!」
情熱的なお言葉だ。
使用人のように扱われ、それでも国のためと働いていたころなら、言われて嬉しかっただろうか。
今はもうわからない。
都合のいいことだと思うだけだ。
「無理でしょうね。ビファリア城の平民の下働きの平均年齢って知ってます? ……ああ、目にすることがないんでしょうねえ。見事に若者ばっかりなんすよ。使いつぶされて、だいたい三十で引退、長く生きて四十と言われています」
「そ、それがなんだ、平民の身で国に奉仕できたなら喜ぶべきだ。下賤のものが長生きしたところで、無駄に……」
「城であのまま働いていたら、私も十か二十年後には終わっていたということです。つまり、ちょうどあなたが即位するかなというあたりで、今の混乱が起こるってことですよ? 立場大丈夫です?」
ぐっと王子が黙った。
「そこでどうにかする目算、あるんすか」
「……どうとでもなるだろう! そ、そうだ、お前が次を育てれば」
「まともな人がくりゃいいですけどねえ。そもそも私、ひとつも休みなかったですが、後進育成時間はどっからだすんです?」
「そのぶん仕事を減らして……」
「減らせませんよ、無理無理。その減らしたぶんお貴族様がやるんですよ? 平民がいるのに? やらないやらない」
「こうしてこの俺が、時間を割いているだろうが!」
「それなんすよねえ」
メグはかまどと串を片付けながら首をかしげた。
「どうしてそんな無駄をしたんですか?」
「なっ、貴様、貴様が国を捨てるなどという恥知らずなことをしたせいではないか!」
「因果じゃなくて。どうしてその時間と金を使って、現場の対応をしようと思わなかったんですか? そこまで能力がないんですか?」
「この俺に、平民のような働きをしろというのか!」
「はあ」
メグは溜息をついて、こめかみを押さえた。
別にみんながみんなメグのような働きをする必要はない。貴族が素晴らしいものかはともかく、適材適所はメグも認めるのだ。
「あのねえ、あなたがたがここに来るまで、いくらかかりました?」
すると王子も、側近も何を言われているかわからないという顔をした。
「そんな細かなことを覚えているわけがないだろう」
「はあ。お金はどこから出したんですか」
「ふん、つまらんことを。そんなことより」
「どっから出したんです」
「……セディックが管理している」
「はっ。こちらから」
言われた側近セディックくんが懐から袋を取り出した。金貨の形がはっきり見える布袋だ。あまりにも警戒心がない。
友人がこんなことをしたら絶対に「金はいくつかに分けろ」「むやみに取り出すな」と言っているだろうが、彼らはメグの友人ではない。友人とは対極の輩である。
ので、そこについては何も言わないことにした。
「国内は顔をきかせて踏み倒したとして、こちらに入ってからは馬車ですか?」
「うむ。粗末な馬車だが旅中のことだ、許してやっている」
「まあ最高級のやつを関所のそばで借りたんだとしたら、ここに来るまで……一週間はかかりました?」
「いいや、そんなものではない! 二週はかかったはずだ」
なるほど、とメグは頷いた。
思ったよりかかっているが、そんなものかもしれない。
王子たちはメグの足跡を追ってきたはずだ。メグは職を探しながら歩いたので、追うのはそれほど難しくなかっただろう。しかし聞きまわっていたら時間を食うのは当然だし、この王子たちの聞き込みが上手かったとも思えない。
「まあ、馬車と御者で一日十万はかかってるはず。宿泊は……様子を見るにそんな高級宿ではなさそうっすね」
手の行き届いた高級宿なら、世話係くらいつけられるはずだ。王子と側近はあからさまに髪が乱れ、服がしわくちゃだ。
それもそうで、物理的に、このあたりには高級宿というものがない。一番高い宿にしたって、食事が少し豪華程度のはずだ。
まだ肉体労働の作業員が大量に必要な、辺境の地なのだ。
「一日一万として。食事代も適度にぼられたりしてるでしょうから、一日一万にしておきますか。あわせて十二万が二週間で百六十八万」
「うむ……?」
「それがどうした。高貴なる殿下にそのような些末な金の話をするなど……」
「そう、このくらいは些末。殿下の側近方はこれ以上の給料をもらってるはずだから。月百万はくだらない」
「馬鹿な。その程度ではない!」
「王太子殿下の傍付きなのだぞ。その倍はある」
堂々と言う側近をメグは白い目で見た。
しかし見ても良いことなどないので、すぐに視線を食材に向けて、皮をささっと剥いでいく。王侯貴族に出すわけじゃないので、ざっくりでいい。
「じゃあ、一日七万くらいでいいですか。それが三人。二十一万、二週間で二百九十四万。殿下は無能だからタダとしておくにしても」
「はあっ?」
「まあ三百万、これが往復で六百万」
「なんだ、それがどうした」
「私の給料って、せいぜい月五万でしたよ?」
「……それがどうした」
「本当に馬鹿ですか? この六百万があれば、私を10年雇えます」
「それがどう……」
言いかけて王子は黙った。
さすがに違和感くらいは持ってくれただろうか。
「さらにいえば平民にしては一応、多めにもらっていたんですよ。月三、四万も出せば優秀な平民を雇うくらいできるでしょう。これを十人にしても、一年雇い続けられます」
「……」
「一年もあれば何人か優秀に育って、私くらいの仕事をしてくれますよ。そうじゃないですか?」
「そん……」
「どうして六百万もかけて、私のところに来たんですか?」
ダンッ!とまた食材を切る。
その音だけが響いた。王子は側近を見た。側近は王子を見返して、どちらも口を開くことはなかった。
ダンッ、ダンッという音がしばらく響いてから、王子が顔を赤くして言った。
「い、今更の話だ! 終わった話ではないか!」
「今更戻れないのはわかりますけどね。で、どうするんすか」
「おまえが我が国に戻ればいい。そうでなければ、金を無駄にするのはおまえだ!」
「いや既に無駄になってるんすよ。私の給料より高い金を払って、私を迎えに来ちゃったんすから」
食材の半分を姐さんに渡して、鍋に水を入れて沸かす。
「今更の話をするなと言っているだろう!」
王子が大声を出すので、水面がゆらゆらと揺れた。客の数人がうっとうしそうに視線を向けたので、すぐに王子は縮みあがった。
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