今更戻って来いと言われても遅い、というか、その行動が無駄すぎでは?

七辻ゆゆ

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前:わあ、そんなことになってたなんて愉快

「ようやく見つけたぞ、メグ! この恩知らずめ。平民の身で我が城に仕える栄誉を得ておいて、あっさり国を捨てるとは!」
「はぁ?」
「なっ……なんだその目は!」
「……」

 メグはいきなり呼びつけてきた男を上から下まで眺めた。
 知った顔だ。母国の王太子殿下に違いない。かつて「おまえのような無能は必要ない」とメグの首を切った王子である。

 しかしかつての威圧的で華美な装いはなく、髪はもつれ、全体的に埃っぽかった。
 背後に三人の側近を連れているのは変わらないが、そちらも同じく、薄汚れくたびれているようだ。

「ふっ」

 メグは鼻で笑い、包丁を持つ手を動かした。

 スタタンスタタン、スタタンスタタン。
 一定のリズムで根野菜を切り刻んでいる。この地方独特の根野菜で、複雑に筋が入り組んでいる。これを軽快に刻んでいくには、見た目よりはるかに腕を必要とする。
 スタタンスタタン、スタタンスタタン、慣れた客はこの隙間に話しかけてくる。

「メグぅ、そいつら知り合い?」
「まあ、知り合いっすね。関わり合いになりたくないタイプの」
「あそう。迷惑だね~」

 客はあっさり言い捨てて、今日の日替わりチャーハンをかきこんだ。

「うっま。今日もうまいよ、最高!」
「あざっす!」
「このパラパラなのにじんわり染み込んだ味、野菜のちょうどいいシャキシャキ具合が……」
「今日の野菜はとれたて新鮮ですからね~」

 スタタンスタタン。
 あらかた切り終えたので、食材をまとめて背後の姐さんに渡す。姐さんはジャワジャワと一心不乱にチャーハンを炒め続けている。
 チャーハン用の器が減りつつあったので、新しく姐さんのそばに積み上げ、汚れた器を洗うことにした。

「なっ、な……なんという、貴様、この俺に何と言った!」
「注文ないなら出てってもらっていいっすか? 今日いっぱいなんで」

 今日いっぱいというか、毎日いっぱいだ。
 昼時は忙しいのである。客も心得たもので食ったらさっさと出てくれるので、ハケはいい。しかし料理の提供は待ってくれない。

「おまえなどために、こんな、このような穢れた場所に、俺が出向いてやっているのだぞ、それを!」
「希望してないんで。ってか、つばが飛ぶんでやめてください。最悪っすよ」
「メグぅー、こいつら追い払う?」

 聞かれてメグはちょっと考えたが、荒事になるのも良くない。客層的にもめごとは多々起こるのだが、皆、自発的に解決してくれているのだ。

「いえ、ちょっと黙ってほしいくらいで」
「わかったー、おーい、皆」
「あいよ」
「兄さん、ちょっとうっせぇね? 自分でわかってんよね?」

「な、な、俺を誰だと思って……」
「知らんし。うっせぇつってんの。わかるぅ?」

 近所に肉体労働の現場があるものだから、ガタイのいいお兄ちゃんの客が多い。彼らに詰め寄られて、王子も、付き従う三人の側近も完全にビビっているようだ。
 そりゃそうだ。
 頭数は同じなのだが、体格の差は二倍くらいありそうだ。

「あのねえ、俺らなんも難しいこと言ってないよねえー? みんなうめぇ飯食ってんの。邪魔すんな、な?」
「わかってくれねぇとさあ、こっちは体力使わされて、あんたも痛い目みて、お互い損でしょ? ねえ?」

 ぐいぐいぐいぐい距離を詰めて、客のひとりが、とん、と王子の脇腹を殴った。大して力も入っていない戯れだが、王子は顔を青くして呻いた。

「うっ、うぐっ」
「き、貴様ら、なんということを! この方は恐れ多くもビファリアの王太子、ディラード殿下なのだぞ!」
「そっ……そうだ、お前たちなど……しょ、処刑だ!」
「ええい近づくなっ……触るな!」

「はいはいはいはい」
「ぐぇっ!?」
「ちょっと押しただけなのに何その反応? 傷ついちゃうなあー、被害者ぶっちゃってさ」
「そうそう、デラー殿下? ならこのくらいなんてことないでしょ?」
「ひっ、寄るな!」

「またまたあ。御立派で素晴らしい殿下なら、蹴っても殴ってもあとで俺らが痛い目見るだけなんでしょ? こわいこわい」
「まあ怖いから、しょうがないね。ちょっと袋になってもらおっか」
「ひぃいいっ!」
「わかったら、さぁ?」
「黙れよ?」
「静かにしてろよ、お坊ちゃんたち。そのくらいわかるよなーあ?」

 メグが洗い物を終えたときには、王子と愉快な側近たちはぶるぶると青くなって大人しくなっていた。

「ありがと!」
「いやいや、ごちそうさまぁ」
「メグちゃん、今日も美味しかったよ!」

 客の男たちは颯爽と出ていったが、次々に同じガタイの者たちが入ってくる。
 メグは今度は肉を取り出して、肉切り包丁をダンッ!と叩きつけた。

「ひぃっ!」
「で、何しに来たんですか?」

 聞きたくもないが、聞くべきだろう。出方によってはメグもこれからを考えなければならない。
 ここはビファリア国ではないから、王子の権力などないようなものだ。国境線も遠い。しかし更なる追手が来るというのなら、最後の手段として、迷惑にならないようここを離れることも考えないといけない。

 少し前まで、メグはビファリアの文官だった。
 平民初の快挙だと持て囃されたものだ。実のところ王家が国民のご機嫌を取っただけのことで、まともに働かせる気はなかったのだろう。

 文官とは名ばかりの、下働きの仕事をしていた。

(そのまま下女扱いするつもりだったんだろうなあ)

 しかし予定外だろうことが起こった。だんだん貴族出身の文官たちが、あらゆる仕事をメグに押し付けるようになったのだ。
 気づけばなんでもかんでも「これ、やっておきなさい」と押し付けられるようになった。彼らが面倒だと思う仕事すべてだ。そしてその中には、国にとって大変重要なものも含まれていたのだった。

 つまり彼らは馬鹿だった。
 馬鹿のご主人様たるディラードを筆頭に王族も馬鹿だった。貴族は優れている、平民は劣っている、という夢から覚めることができなかったのだ。

「き、貴様が出ていったせいで、ビファリア城はめちゃくちゃだ!」
「はあ。具体的には?」

 ダンッ!と骨ごと肉を切る。
 ダンッ、ダンッ、ダンッ、と細切れにしていく。なかなか大変な作業なのだが、こうするのが一番美味しいのだから仕方がない。肉はやはり骨周りである。

「ひっ……や、やめろ、そんな、野蛮な」
「平民ですから野蛮で正しいんでしょうよ。それで、具体的に」

 ダンダンしながら冷たい目で聞くと、王子はようやく喋る気になったようだ。

「城への納入品が滞り……」
「ああ、毎日発注してたの私ですからね。誰かやればいいでしょうに」
「納入業者がサボったのだ! あのように法外な額を払えるものかっ!」
「はあ。金額、上がったんですか?」
「そ、そうだ。おまえがいた頃に比べて二倍になった。だから罰してやったというのに、どの業者も納入拒否するようになった!」

 ダンッ!
 包丁を打ち込みながらメグは「まあそうなるか」と呟いた。

「王家に納入するんだから、そりゃいいものを入れようとするでしょうよ。貴族の方々が喜ぶ特別な珍品とかね。そういうの私は無駄だと思ったから、まっとうに品質のいいものだけ選択してたんですよ」
「それなら、そうと」
「一応、引継書を残しておきましたよ。捨てたんでしょうけど」

 メグは真面目な納入業者を大事に思っていた。
 だから信頼していい業者のリスト、どういった物品はどの業者が得意かなど、きちんと書き残しておいたのだ。どうせ捨てられるにしても、やるだけのことはやった。

「解雇を言い渡されて、荷物をまとめろっていうちょっとの時間でなんとか残したんですが、無駄でしたね」

 しかし聞く限りでは、まず貴族好みのものを求める業者が選ばれるようになり、そのあとでその業者が罰せられたのだろう。
 それもひどい話だと思うが、メグと付き合いのあった業者は無事なはずだ。そう信じるしかない。

「だいたい二倍なら大したことないでしょうよ。あんがいケチくさいんですね、お貴族様って」
「なっ……!」
「貴様、侮辱するか!」
「平民からするとケチ臭いって誉め言葉でもありますけどね。まあ、細かい金の話はするなって常々言ってた殿下からこんな話をされるのがなかなか予想外」

「二倍どころではない……っ!」
「はあ」

 側近のひとりがディラードを押しのけるようにして叫んだ。
 王子がこれ以上の侮辱を受けないようにしたのかもしれないが、なかなか行動としては無礼だ。

「城の修繕費は十倍だ!」
「あー、まあ、修繕はね、業者の言うままやってたらそうなりますよ。古いんだから」
「古……っ、伝統あると言え!」
「ってか修繕で十倍ならやっぱりまだ安いほうでは? 石畳の張替えとか壁に金箔とか勧められたけど、あれ全部やったら国庫カラになりそう」
「おまえがそれをきちんと伝えていれば、陛下がすべて任せてしまうことなど……!」
「え? ふっ、あはは、お任せしちゃったんすか。やっぱりね。絶対伝えたら大喜びでやると思った」
「ふ、ふ、不敬な!」

 ダン、ダン、と切り刻む。
 お任せ修繕なんて太っ腹をやらかして、いったいどんな金ぴかの城になったのだろう。メグはちょっと思いをはせ、笑った。

「でもまあ、痛い目みたらもう頼まなくなるからいいんじゃないですか」
「城の半面は修繕途中のまま、雨ざらしで放置されているのだぞ!」
「放置? ……ああ、支払えなくなったんですか」

 思ってたよりひどいことになっていた。
 んふふとメグは笑い、分割された肉にざりざりと塩を塗り込む。傷口を丁寧に痛めつけるがごとく、ねちり、ねちりと揉む。

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