投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ

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王妃の事情

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「南部の消失が2500ルッツに及びました。楽観できる状況ではありません。陛下、どうかご対策を!」
「……ふうむ」
 果ての国の王は、鈍重な視線を王妃ユーファミアに向けた。
 隣の席で彼女は穏やかな微笑みを浮かべている。嫁いできた日、笑う以外に仕事はないと告げてから、ずっとそうだ。

「王妃よ、どう思う」
 ユーファミアは微笑んでいる。
「答えよ」
「それはご命令ですか?」
「……そうだ」
 王が肯定すると、ユーファミアは穏やかに話し始めた。

「直接見聞きしたわけではありませんが、神はこの仮初の土地を忘れはしても、自らが生んだ人を忘れることはないそうですわ。記録によると、消失した土地にいた者は、気づけば大陸まで転移していたとか」
「おお」
「では、人的被害は……」
「ひとまず考えずとも」

 王妃の言葉に、謁見の間の貴族たちはざわめいた。
 政治については微笑むことしかしない、誰も見向きもしない王妃だが、元聖女であり、聖女についての王室の文献を最もよく把握している。
 聖女についてなど、王家のものはほとんど興味がない。教会の領分であり、王家は関わらず、うさんくさく思うばかりだ。

「ですが、人々をそれで安心させ、地に留めるのは難しいでしょう。大陸まで転移してしまった者が即座に帰還して、それを証明することはできませんもの」

「ただでさえ現地は混乱している」
「すでに消滅地に近い村は避難を始めているそうだ」
「なんという恩知らずだ! この時のために税を優遇してやったというのに」

「罰することはできないか?」
「近隣の町に受け入れの拒否を通達し……」
「ばかな。その町からさえ避難者が出るだろう」

 ユーファミアは微笑みながら思う。たとえ大丈夫だと言われても、税を免除されても、目の前で消滅が始まったなら自分は逃げるだろう。
 目の前の貴族たちも逃げるだろう。
 どうやら貴族というのは、自分がやりたくないことを人は喜んでやってくれる、と思う人々なのだった。

「南の果ては、聖女リーリエの就任のちに増加した土地だろう。そのぶんが消えたに過ぎんのではないか」
「確かに、そのようでございます」
 王の言葉に、国土に詳しい老人が頷いた。

「消失した森も若いもので、多くの資源が得られはしなかったでしょう」
 リーリエの祈りが生み出した土地は、育ち切る前に失われたということだ。ユーファミアは、それをとても切なく思った。

 ユーファミアにとって親しみを持てる相手はリーリエだけだ。
 周囲には関わりのない貴族しかいない状況で、共感できる相手が見つかるはずがない。ユーファミアはいつも微笑みながら、冷たい気分で彼らを見つめてきた。

「聖女リーリエが退いたのだ。その分の土地が消失するのは理にかなっている」

「そんな……陛下!」
 報告者である兵士が悲痛な声をあげた。
 彼は消えていく地を直接見てこそいないが、自らの家を失い、生活を失って、わずかな荷物を抱えて逃げていく人々を見ていた。
 何の対策もなしとは、考えられない。

「立場をわきまえよ!」
「……はっ」
 王の決定を遮ることができる者は、この場のどこにもいない。兵士は唇を噛んだ。

「バルカスよ。新しき聖女はどうしている」
「はい! 父う……陛下。マイラはすでに毎日祈りを捧げています。すぐに解決するはずです」

 意気揚々とバルカス王子は答えた。マイラが聖女であることは彼にとって決まりきったことだ。
 王子として生まれ、優秀と言われていた兄が死んだ。その時点で彼は、自分が神意を持つものだと考えている。であれば、自分が愛したマイラは聖女であるだろう。

「……王妃はどう思う」
「マイラ様が神に愛されれば、何の問題もないかと」
 王が聞きたかったのはそんなことではない。そもそもマイラが神に愛されるのか、ということだ。

 しかし王にとって神の愛など胡散臭くて仕方がない。聖女がただ祈るだけで国を支えているなど、とても理解できなかった。

 なにかからくりがあるはずだ。
 王はそれが知りたい。そのため、息子の愚かな行動を許容し、マイラを強引に聖女に取り立てたのだ。
 王妃がそれを止めなかったことも、王の背中を押した。もし致命的な問題となるのなら、止めるだろう。彼女は王家での生活を喜んでいるのだから。

 だが今になって王はうっすらと不安を感じている。実際に国土が失われていくからだ。
 このまま消失が進めば、人が死なずとも国の力は減る。

「なぜおまえは、マイラを推薦したのだ?」
「その方がいいと思ったからですわ」
 王を満足させない返答だ。

 ユーファミアが「マイラは聖女にふさわしい」と言えば、それだけで落ち着くものもあるだろう。これだけ曖昧な言葉でも、貴族の一部は安堵したように見えた。
 であればこれ以上追求して、元聖女との不仲を印象づける必要はない。

 今は動こうにも情報が足りない。
 王は情報のないうちに動いて、無駄に国力を、財力を削る気はなかった。もともと大した価値のない土地だ。犠牲になるべくしてある土地とも言える。

「では、この件はこれで終了とする。消滅範囲が広がれば、また報告をせよ」




「ユーファミア様」
 王妃が侍女をつれて自室に戻ろうとしていると、マイラが声をかけてきた。
 忠実な侍女の視線に頷きを返せば、侍女はユーファミアの後ろに下がる。いささか無礼なほどすぐ後ろにいるので、警戒しているのだろう。

「これはマイラ様、ご機嫌麗しゅう」
 丁寧に挨拶をした。
 ユーファミアは王妃であるが、元聖女であり、マイラは現聖女である。どちらが上ともいえない微妙な立場であった。

 そもそもにして聖女というものの立場が不明確だ。
 司教よりも下かもしれないし、王よりも上かもしれない。

「王妃殿下、お願いしたいことがあります」
「何かしら?」
 マイラは一応の挨拶こそ返したが、すぐにそう言った。上位の人間に対する態度にしては、いささか不躾である。
 本物の聖女でないマイラと親しくする気のないユーファミアは、当たり障りのない笑顔を浮かべた。

「祈りの正しい作法をお教えいただきたいのです」
「あら……。作法という作法もありませんの。わたくしもそのようなものは教えられませんでしたし」

「ユーファミア様がどのようになさっていたのか知りたいのです」
「特段なことはなにも……」
「でもどうか、教えていただきたいのです」

 ユーファミアは微笑み、彼女の考えを理解した。
 消失はまだ、民の間で知られてはいない。だが時間の問題で、早晩知られることになるだろう。
 このまま消失が続けば、民はその理由を必要とするはずだ。

 マイラは民の前で披露目をされている。新たな聖女が神の意に沿わなかったのだと、それはわかりやすい理由だ。
 そうなればマイラはこう言うしかない。
『悪いのは教会だ』
 だからこそマイラは教会でなく王家にいるのだと。

 マイラが前聖女に認められていたとなれば、その立場は補強される。
 
「……わたくしでよろしければ。ではマイラ様、部屋にいらして?」
「はい! よろしくお願いします」

 ユーファミアはマイラを特に好んではいない。聖女とは名ばかりな上、全く共感を持てない相手だ。
 マイラは王妃となりたいだけで、聖女になりたいわけではないのだろう。そしてその聖女の義務を果たす力もない。
 だが、それでも、聖女を幽閉してひたすら祈らせる教会よりはましである。

 教会を潰すという目的に限って、ユーファミアは彼女と同調している。
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