投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ

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偽聖女の追跡

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 男がリーリエを追っていったのに安堵し、ふと、マイラは後ろを振り向いてしまった。
「っ……進んでる……」
 消失の闇は無慈悲に広がる。
 じりじりとわずかずつであるのに、思うよりずっと早いのかもしれない。今日中に町にたどり着いてしまうほどに。

「……行かなきゃ」
 リーリエに祈らせなければ。
 この町が消えてしまう。マイラの故郷だ。マイラが王都に出た理由、心の支えであったものを守らなければ、なんのために日々があったのかわからない。

 町どころではない、国が消えてしまう。
(私のせいじゃない……!)
 だが原因のひとつであることを否定できない。無理だ。耐え難い。

(聖女になりたいなんて言わなかった)
 言わなかったが、王子がそう思うように仕向けた。あまりにも簡単だった。あんなにも簡単なのに、やらない理由なんてないだろう。

(そうしてって言ったわけじゃない)
 だから、自分は悪くない。ユーファミアのように王妃になって、贅沢な暮らしがしたかった。何が悪い?

 悪くなくてもあまりに重い。母が、故郷が、この国が、消えてなくなる。生まれ育ったすべて、足元が崩れる。何もかもがなかったことになる。
(私のせいじゃない)
 だが、耐えられない。
「聖女が……ちゃんと、聖女じゃないから……」

 マイラは呻くようにつぶやきながら、よろめく足で町へと向かった。リーリエを探さなければならない。
 リーリエが祈りさえすれば全て解決するのだ。

 決めてしまえば動かない体ではない。すぐにマイラは走り、町の門をくぐった。
(……変わってない)
 かつてマイラが王都へ旅立った時のまま、彩りだけを変えていた。
(リーリエ、あの子は……どこに行く?)
 馬車の中で長い時間を過ごしたのだ。何に興味をひかれるか、どのくらいの頭をしているのか、考えればわかるはずだ。

(馬を……? いえ、あの子はただの子供)
 きっと、馬を捕まえてどこかに逃げるなど考えてもいない。今は好奇心のまま、町に気を引かれているはずだ。
 選ぶのは雑多なものにあふれる道だ。

「誰も、いないの……?」
 記憶にあるままの町は、ただ大きさだけが違う。それが自分の成長によるものか、人がいないことで大きく見えているのかはわからなかった。
 知っているはずの世界が、知らない様相をしている。
 マイラはあちこちに視線を向け、そのたびギクリとこわばりながら、リーリエの痕跡を探した。

「あっ……」
 裏道に座り込んでいる子供がいた。
 ぼんやりと、消失の方角を見ている。逃げ出そうにも子供ひとりでは、その手段がなかったのだろう。

「……ねえ」
 マイラが声をかけると、茫洋とした瞳を上げ、視線を町の中央に向けた。
「食べ物なら、あっちにあるよ」
「え? ああ……。いえ、そうじゃないの。私くらいの年の、女の人を見なかった?」
 すると子供はもう一度、同じ方を見た。

「お菓子もあるって言ったら、喜んでた」
「……その子に言ったの?」
「そう」
「ありがとう」

 礼を言ってその場を離れた。子供にはまるで生気が感じられなかったが、この状況ではそうもなるだろう。
 消失が迫ってくるのを待つしかない。それは未知の恐怖であるが、子供ひとりで町を出ることも大きな恐怖なのだろう。
 教えられた方角に進めば、マイラは何人も取り残された人々に会った。

「あらあんた、見ない顔だね」
「……ええ」
「逃げてきたのかい? 逃げるなら早い方がいい」
「あなたは……」
「あたしはここを離れるわけいかなくてね……それにもう、」
 老年の女性は目を細めて闇を見た。
「この国は終わりじゃないかい? そんな気がしてならないんだ」

「そんなことは……」
「どこまでも逃げるよりは、ここで死にたいもんだねえ」
「……でも」
「馬という馬はもういないよ。それでもまあ、まだ逃げられるだろう」
 消失は、人が歩くよりもゆっくりな速度で進んでいた。休むことを考えなければ、逃げ続けることはできるのだ。

「……若い女性を、見ませんでしたか? 元気そうな」
 おかしな説明だと思いながら聞いた。あのリーリエの元気さは、きっとここでは異質だろう。
「それなら向こうに行ったよ」

 町を進むほどに、どんよりと重い気配を感じた。マイラが住んでいた町のような、荒れ果てた恐ろしさはない。悪事を企むもの、やけになって人を襲うようなものも、すでにこの場を後にしたようだった。

「……リーリエ様」
 呼びかけながら教えられた方角に進む。行く先は市場だ。

(確かに食べ物が残ってる)
 この町にあった馬車も馬も限られていたせいだろう。ごっそりと持ち出された形跡もあったが、残っている商品も少なくなかった。皆、一気に町を後にしたのかもしれない。

 もっともこの町にいるものには、飢えるまでの時間さえ許されていないだろう。
「リーリエ様、」
 食べ物があるせいか、市場の周囲には人が多く残っていた。彼らももはや、何をする気力もないようだ。
 それでも刺激しないよう、大きな声を出すことはためらわれた。

(どこに……?)
 きっとここに来ただろう。好奇心の強いリーリエは、教えられた場所に向かったに違いない。
 だが遅かったのだろうか。
 狭くはない市場を注意しながら探す。衣装もあのままだろう。即座に着替えようというほどには、リーリエは身なりに気を使っていない。

 そしてついに市場の端、しゃがみこんだその姿を見つけた。
「リ」
 呼びかけようとして飲み込む。
 ゆっくりと近づいた。

 別れた時の姿のまま、間違いない。マイラが何度も梳いてやった髪が、さらりと揺れていた。
 地面に落ちた、カラフルな菓子を拾っているのだった。

 マイラは近づく。

「……っ!」
 ぱっとリーリエが顔をあげた。
 そしてすぐに立ち上がり、風のように走っていってしまう。

「待って……!」
 マイラは慌てて声をあげ、そのあとを追いかけた。何ともわからない雑多なものに足を引っ掛け、転びそうになる。
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